2009年08月12日

屋久島皆既日食!

太陽、月、地球、宇宙を彷徨う三つの天体が一直線に重なるわずかな場所で、わずか数分間だけ体験できる奇跡的で美しい自然現象、皆既日蝕。
今回は、未だ太古の大自然が残る屋久島で30人の仲間との10日ほどのキャンプ生活と共に体験してきました。

巻き戻すことの出来ない時間という一方向へと進む流れの中に生き、
同じ仲間と、同じ天候、同じ状況はもう二度と来ない、
そして、どんなに望み、準備をしても、時には待ちに待った大切なその瞬間に雲がかかってしまうこともある。

昨年のモンゴルにて完璧な皆既日蝕を体験しその衝撃を知っていること、
半数近くの人がボクの強い誘いによって参加を決めたこと、
多くの友達が長期の休みを取り多くの努力をしてこの旅に望んだことなどが重なり、
見れなかったときのことが多少の不安になっていた。

しかし、結果は曇り。

完璧な皆既日食を観ることは出来なかったけど、時々、欠けた太陽が薄い雲越しに見え、あたりが暗くなる皆既日食の独特の現象を体験することは出来た。
宇宙規模の動きを体感することは出来たけど、雲に隠れてダイヤモンドリングや100%重なった時の美しい光景は観ることは出来なかったので、やはり完璧な皆既日食とは言えず、悔しさが残る。

しかし、不思議と、自分にも、周りのみんなにも、落胆の表情は余りなかった。

願いが叶わないからといって意味がなかったわけでもすべてが無駄だったわけでもない、
限りある人生のほんの一瞬でも共に過ごし、
大自然の中、自由に心と体を弾ませ、おもいっきり笑い合い、優しくし合い、語り合い、共に食べ、共に寝、共に自然と戯れた、
そんなシンプルなことが、みんなの心を十分に満たしてくれた。

ボクもみんなも大切なことを再確認することが出来た、すばらしい旅でした。

そんな僕たちの心と体を自由に弾ませてくれた屋久島の大自然、本当に、本当にすばらしかったです。

グランドキャニオン、南米アマゾンのジャングル、秘境ギアナ高地、ハワイの火山、世界最大の氷河まで、大自然を求めて世界中いろいろなところに行きましたが、
屋久島の大自然は、そのどれにも引けをとらない、本当に活き活きとして美しい、すばらしいものでした。

遥か昔、農耕が伝わり文明社会が出来る前、関東から南の日本には、屋久島のように常に緑の木々が生い茂る豊かな森が広がっていました、そんなかつての記憶を辿ることが出来る大自然が未だに日本に残っていることが、嬉しい驚きでした。

こちらで写真沢山みれます。
http://gallery.me.com/takuyaharasaki#100046

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2009年07月10日

再び皆既日食へ!

再び皆既日食へ。

去年の8月、モンゴルでの皆既日食から早くも1年。あのときは、今年の7月22日に屋久島や奄美での皆既日食にはいけないかなっておもっていた。
モンゴル皆既日食の強烈な衝撃は数年たっても消えないとおもったから、別に、今年は見る必要ないなーなんておもてったら、
幸運にも、仕事が二週間も休み。
サーカスという仕事の性質上、一箇所に定住できなかったり週末働かなきゃいけなかったりと不便もあるけど、移動と移動の間は、ボクの場合は2週間近い休みがもらえたりする。そして今回は幸運にも、ぴったり日蝕の日が休みにはまっている。

ということで、数ヶ月前から、インドから国内までどこで見ようかいろいろと検討。そんな中、インドで屋久島出身の青年と出会ったり、また、その友達が最近仲良くしている友達と偶然友達だったりして、自然と屋久島へと行くことになっていった。

今回が、40年ぶりの日本での皆既日食、その次は、26年先。
仕事のことや家族のことで、海外に簡単に行けるような人たちばかりではないので、この日本での日蝕は、多くの人にとって、とても貴重な機会になるはず、

少しでも多くの人が皆既日蝕を体験できればとおもった。

そんなおもいからいろいろな人に声をかけ、今回は総勢18人で行くことになった。

仕事、お金、食事、睡眠、恋愛、ファッション、音楽、スポーツ、家族、、、、、、
日々の生活の中でいつの間にか狭くなっている自分たちの感覚を超えて、

宇宙、太陽、生命の進化といったものは存在している。

そんなことを感じさせてくれる皆既日食。

日々の些細なことを忘れ、生命の根源や宇宙そのものを感じることが出来る貴重な機会。

そして、そんな体験を、ただのイベントごととして楽しむだけでなく、これからの各自の人生そして、社会にとって大きな体験になってくれるといい。

そんな想いから、友人と共に、こんなページを友人のウェブマガジンにつくってみた。

ECOlipse  =  ECO (環境)+ Eclipse(皆既日食)

ウェブサイトはこちら!
http://tol-web.com/?cat=29

環境にやさしい皆既日食旅行の仕方について、簡単な紹介をしてます。

自分ひとりでも、移動や必要なものを揃えたり現地での生活にと、結構な環境への負荷をかける。
それに今回は何万人という人が小さな島に行く。
そんなことを考えたときに、少しでも何かしなきゃっておもったのが、わずか1ヶ月半前。

たった、ひとつゴミが減るだけでもいいから!友達とやろうということではじめました。
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2009年06月29日

映画「バベル」

「バベル」という映画を見た。
メキシコ、日本、モロッコを舞台に、それぞれの物語が繋がっていく。

この映画のテーマは「すべては繋がっている」ということ。

夢見がちに想われるか、もしくは、当たり前だよと言われるか、
テーマが漠然としていて捉えにくいので、あまり表現のテーマに使われることが少ない。
そんなテーマを、登場人物ひとりひとりの個性と人生のドラマをしっかりと描きながらも、この星の中ですべての物事は、すべてと影響し合い、繋がっていることをしっかりと表現している。

実際に、自分たちの生とは、
自分自身とその身の回りで起きるローカルなものと、
世界情勢や地球規模の季節の移り変わりなどのグローバルなものとが、
複雑に繋がり影響し合い絡み合っている、、、

誰にとっても、自分に近いところで起きている物事が、自分の人生に影響していることはわかる。
しかし、それよりも大きなものになっていくと、自分との繋がりが見えにくくなり、繋がっているという感覚が薄らいでしまい、そのうちに全く感覚はなくなってしまう。

そんな狭い感覚が現代の多くの問題を引き起こしている。
鬱、環境問題、戦争、、、
しっかりと繋がっているという感覚があれば、多くのことが解決されるとおもう。

この映画の評価に大きな差があるのは、繋がっているという感覚のない人にはこの映画の伝えようとすることがまったくわからないからだろう。

posted by taku at 04:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

マイケル・ジャクソンな僕たち、、、

マイケル・ジャクソンが亡くなった。

間違いなく20世紀最高のスターの一人で、世界の支配国家としてのアメリカやアメリカ文化を象徴するような人。
そして、それとは反対に、誰しもが、マイケルは本当に幸せだったの?っていう思いを持っている。

昨晩は、友達のブログで紹介されていた5年前に撮られたマイケルへのインタビューの映像を見た。ポップスターとしてではなく人としての素に近いマイケルの姿が見れる。

5歳から歌手として有名になってしまったために、普通の少年時代をおくることができなっかたこと、普通に、スーパーに行って買い物することすらできない、出会う人のすべてがスーパースターマイケルとして自分のことを扱うので、普通に人と出会い普通の関係を築くことが出来ない。

そんな人生では、人として本当に必要なシンプルな日々の出来事を持つことが出来ない。

同じ立場同じ人として笑顔を交わし、助け合い、信頼し、愛し合う。

きっと、そんなシンプルなことが人を人らしくさせてくれるんだろう。

だから、マイケルは固定観念や疑うことなく自分をそのままの人として見てくれる子供や、生命としてみてくれるチンパンジーと一緒にいようとしたんだろう。

特にマイケルファンでもないので、子供に対する性的な虐待のことに関して真偽のほどは知らないけど、インタビューの中で、彼が言っていた「子供には愛が必要なの」という言葉には、嘘のないものを感じたし、そういう思いのもとに子供たちを自分の家に招き一緒に遊び、一緒に寝ていたんだとおもう。

それでも、他人の子供と一緒に寝るのは間違っていると、批判をするインタビュアーに対して、「あなたは性的なことを想像している、純粋に子供には愛してくれる誰かがそばにいる必要があってただ一緒に寝ることの何が悪いの?」と返答するマイケル、そのマイケルの言葉の方が、メディアがいつも誰かを落としめようとする性的なことに対する批判よりも説得力というか、真実があるようにおもった。

少年時代から名声も、金も、女性もなんでも手に入れてきた20世紀最高のポップスターが、整形手術で歪んだ顔に、悲しげな表情を浮かべ「今、世界に必要なのは愛」と言っていたのが胸に痛む。

アメリカに代表される資本主義が支配する今、そのアメリカの文化を象徴するポップスターの姿から、同じ資本主義の中で生きる自分たちの歪んだ生の姿が見える。

僕たちもマイケルと変わらない。
posted by taku at 03:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

共に生きることの喜び。

久しぶりのブログ。
旅が終わったはずなのに、場所を移って今は名古屋にいる。
数年前、偶然にもサーカスで働くことになって、今回は、一年ほど、ツアーに着いて行くことになった。
正直、日本の会社でスーツを着てオフィスで働く自身もなく、ストレスなしで働ける職場を選んでる。それに、今は、本当にやりたい環境の仕事へ準備期間。
その変わりに、移動生活を余儀なくされ、後3週間ほどで、名古屋を離れ、大阪に行く。
相変わらず、旅が終わらない。

名古屋では、インドのカルカッタで出会った大学生の友達の家に泊めてもらっている。
4畳半の畳の部屋で風通りもいいし、窓からの眺めもいい、なかなか快適な部屋で、どこか実家の自分の部屋を思い出す。
それに、大学生の友達で音楽をやっている女の子も一緒に住んでいる。
とってもいい歌をうたう。自分の感情を自由に表現しているし、センスもいいし、声もいい。他の人の感情的な部分が家の中にあることが、心地よい。
それに、二人とも優しくてまじめでいい奴ら、もちろん、いろんなことに悩む時期だから、怒ったり迷ったりして、その姿は少し痛々しかったりするけど、、、
それでも、人の感情が近くにあることが、楽しい。
きっと、ボクは人の匂いとか気配のしない場所には寂しくて住めない。

そして、子猫と猫がいる。
子猫は最近拾われてきたばかり、大きい猫が嫉妬したせいか、なかなか仲良くならなかったけど、最近はすっかり仲がいい。
動物も仲良くなるんだなーっていう、単純なことが不思議だった。
狭い家の中で二匹だけの猫社会、けんかをしていても、どこかでお互いのことを必要としてる。
相手がいなくなったら、けんかをする相手もいなくなってしまう。
そして、ボクは、そんな猫達の姿から、いろいろなことを感じて楽しんでいる。

人間でも動物でも、他の生命と一緒に生きられることは素晴らしいなって想う。
posted by taku at 00:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

世界のサイズ

南米のブラジルで一羽の蝶々が羽を動かす、その小さな動きから小さな風の流れが起き、その次の現象が起き、またその次の現象が起きる。そして、最終的に一羽の蝶々の小さな羽の動きが太平洋に台風をも巻き起こす。

バタフライから台風という、ここまで大げさな話は少し現実感にかけるけど、同じ地球もしくは空間にいる以上、どれだけ離れた距離にいようと、ある一つの現象は、とてつもなく小さなものだとしても必ず何らかの影響をすべてのものに与えるは真実だろう。これを「バタフライ理論」という。

この話を聞いた後、自分の感覚で感じる世界のスケールが大きくなったのを覚えてる。
今までは、ある現象が引き起こす新たな現象、そしてその現象の引き起こすまた新たな現象と、2つ3つ先のことまでしか考えることが出来なかった。
つまり、実際には、無限に近いほど世界(宇宙)は広がっていても、そこまでが自分の頭の中にある世界の大きさになる。

自分の感じている世界のサイズをもう一度知り、そして、少しでも広げてみることがこの世界を正確に理解することの助けになる。
posted by taku at 05:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

東京ジャングル計画

東京で一番好きな季節はと聞かれたら、東京に住む多くの人が花見の時期と答えるだろう。
いつも無機質で変化のない冷たく固い人工物ばかりの町並みが、
鮮やかな色と柔らかい形に彩られる花見の時期、忙しく生真面目な仕事モード一色の東京の街と人々が、明らかに、浮かれた雰囲気に包まれる。

しかし、桜の花が咲くのはわずか1週間。
散ってしまえば、いつもの忙しく寂しい東京の街と人々に戻ってしまう。

そんな東京のすべてのビルの側面がこんな緑の壁で覆われたとしたら、どうだろう?
http://www.verticalgardenpatrickblanc.com/

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ビルの側面に広がる緑が、
ビルの気温を下げ、エアコンの使用を減らし、
騒音を防ぎ、
仕事のストレスで疲れた人々の心を癒し、
緑の色が目を癒し、
作り出される酸素が都会に奇麗な空気を流し、
鳥や虫といった沢山の生命に住む場所を与える、、、、、

バーティカル・ガーデンと呼ばれるビルの側面ガーデニングを作り上げたフランス人のパトリック・ブランクは植物学者として世界中の植物の勉強を、実際にジャングルなどに足を運びしてきた。そんなジャングルでのパトリック氏の幸せそうな表情が植物に対する深い愛情を感じさせる。

熱帯雨林のジャングルを主に、他の植物の上や岩の上など土を必要としない環境で生きる植物たちを集めることで、重量を軽くして、どんな場所にでも設置できるガーデンを可能にした。

そして、必要なのは肥料を含んだ水を定期的にあげるということだけ。
その程度の経費であれば、バーティカル・ガーデンが与えてくれる多くの利益をお金に換算すれば十分にもとはとれるだろう。

そして、街を歩く人の足を止めさせるほどに美しい形でバーティカル・ガーデンを表現しているところは、さすが芸術の国おフランス。
posted by taku at 05:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界の本当の姿?! 映画:スラムドックミリオネア

今年のアカデミーで9部門を受賞したスラムドックミリオネアという映画を見に行った。

インドを舞台にした映画が受賞ということで話題になっていたことや、4ヶ月前に自分もインドにいたこともあって、久しぶりに映画館に足を運んでみた。
それなりに楽しめる内容だったけど、どうもしっくりしない部分があった。

スラムの少年を主人公で、貧富の差や宗教の違いなどインド社会の問題を作品の中に上手に盛り込んで面白い作品にしている点ではすばらしいとおもったけど、インドという国の深さ、インド人独特の感じというのは上手く描けていなかったようにおもう。

結局は、外国(イギリス人)の監督が自分の生まれ育った国で養った感覚や感性を、違う国(インド)に置き換えて表現しているだけのように感じた。

違う国の食事や服などの見えやすいものを把握するのは簡単でも、違う国の人々がどのような価値観でどのような社会の中に生きているのかを正確に捉えることは難しい。
それに、映画というエンターテイメント性の高いもので事実を忠実に再現しながらも、観客を満足させることは難しい。

テレビや映画といったビジネス性が大きい表現の中や企画されたパッケージ旅行で、世界の本当の姿を知ったと勘違してしまうことの危なさ。
そして、世界では、僕たちのいる社会が一番正しいわけでも進歩しているわけでもない。
そこには、僕たちと同じくらい複雑で深い世界が広がっている。

それでも、映画の前半部分の少年時代の様子は、
実際にインドの街で起きているであろう、
僕たちには想像することの出来ない生活や人生が描かれていて、面白い。

こちらがスラムドッグ・ミリオネアの公式ホームページ
http://slumdog.gyao.jp/
posted by taku at 03:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

生きているという確かな感触。

先日、東京での4ヶ月間の仕事が終了した。
エンターテイメント系の職場で同僚がほぼ全員外国人というのもあって、8ヶ月間の旅の後にしては、すんなりと仕事になじめた。
そして、これから2ヶ月間名古屋、3ヶ月間大阪に出張ということで、旅な生活が続く。

3年間に及ぶバリでの仕事、8ヶ月間の旅と、ここ4年は、4ヶ月以上一つの場所にいない生活が続いている。

そんな生活の中で、強く感じることがある。

どこかに行くことを「旅」と言い、
それ以外の仕事や日々の生活のことを「日常」と呼ぶ。
しかし、自分のような生き方をしていると、いつか、日常が旅になり、旅が日常になっていく。
そんな感覚の中、ここ4ヶ月間の東京での生活を今振り返ってみると、
「自分はいったいどこにいて何をしていたんだろう?」という、軽い虚無感と喪失感が自分の心の奥底にひっそりとあることに気がついた。しかも、よく考えてみると、その感覚は、数ヶ月前から自分の中にあった。

忙しく、情報に溢れた場所での生活は、外から、情報を収集することばかりに忙しく、自分の意識はその情報の中に埋もれていってしまう。

今、XXXXXXXにいる。
今、XXX会社で働いている。
今日は、ここのレストランで何を食べた。
今日は、このブランドの服を着ている、、、、、、、

自分を表す情報がなければ、自分のいる場所を、自分のしていることを、自分が今確かに存在していることを認識することができなくなってしまっていないか?

そんな都会とは逆に旅の中では、
自分がなんと言う場所にいるのかも、何をしているのかも、何を食べているのかもわからない状況に置かれ、
自分の感覚だけを頼りに、今そこに生きているということがはっきりとしてくる。
そして、その感覚が自分の心の奥底に、生きるていることの確かな感覚を与えてくれる。


旅をしているように、
自分を取りまく情報や状況にとらわれることなく、
今、自分が確かに存在しているということ生きていることを感じながら日常をおくりたい。
posted by taku at 20:25| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

まずは、Reduce減らし,Reuse再使用し,Recycle再利用すること。

東京での生活もあっという間に3ヶ月近くがたった。

東京という場所のもの凄い物の数と、もの凄い人の数に巻き込まれ、不思議な熱気の中にいる。

環境問題などまったく考えることのない、ただ、ひたすらに消費に走る人々。

そんな中で、環境問題に対していったい何が出来るのか?
僕たちの生命の源になる自然環境の悪化を少しでも防ぐことが出来るのか?

そして、都会では完全な循環型の生活ができない以上は、どうしても自然に負担をかけ破壊する生活になってしまう。

僕たちに出来ることは?

まずは、無駄なものを買わないこと。
ペットボトルの飲み物を飲むのをやめて、水筒に飲み物を入れて持ち歩けば、
それだけで、ゴミは減る。
つまり、Reduce(減らす)すること!

そして、
いらなくなったものを再び再生させること、
ただ、ゴミとして捨てるのではなく、再び物として復活させることで、
ゴミを減らし、資源の使用を減らす。
つまり、Recycle(再利用)すること!

使えなくなった物を、修理などをして再使用できるようにする。
壊れてしまった靴を、捨てて新しいものを買うのではなく、
修理しもう一度履くことで、資源の使用も減り、ゴミも減る。
つまり、Reuse(再使用)すること!

まずは、身の回りから環境に対するアクションを実践していきたい。

ということで、最近、水筒を買い、頭の部分を付け替えることの出来る歯ブラシを買った。
これで、例え、ほんの少しでも確かにゴミが減り、資源の浪費が減る。
posted by taku at 02:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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