2010年03月02日

働くことは生きること!


「働くこと」ってなんだろう?

30年生きてみたところで、
神様が突然現れて「これがあなたの天職です!」なんて教えてくれることなんてなかったし、
それどころか、
社会の波に流されて仕事(金稼ぎ)をしてしまっている自分、そしてみんなの姿がある。

本当にそれでいいのか?

生きるために人は、働かなければならない。
資本主義社会の中では、働くことは「お金」を稼ぐって意味になってしまってるけど、
「働くこと」=「金を稼ぐ」では本当はない。

究極的には、お金なんて稼がなくてもいい、
生きるために必要な食料や水、生活必需品を得たり造ることができればいい。
昔は、働くことと生きることが直結していた。

「働くことは生きること」

別に、金を稼がなくていい!って言うつもりはない、
でも、金本位の資本主義の中で、いつの間にか働くってことがずれてしまったのは確か。

働くってことは何なのか?
もう一度考えるいろいろ視点を与えてくれた二冊の本。

よかったら、読んでみてください。


続・働く理由 99の至言に学ぶジンセイ論。


働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。


posted by taku at 23:36| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

初レコーディング!

先日、人生初のレコーディングに参加!
職いているサーカスのアコーディオン奏者から個人プロジェクトとして製作している楽曲に、ボクの声を入れたいとのこと!
ボクの声がセクシーだったとかそういうわけではなく、ただ日本人の声を入れたかっただけらしい、、、
そんな時に、ボクが完成させたばかりの彼女の作品を聞いて、凄く感動した話をしたところ、なんとなく彼女が感覚的に共通するものを感じたようで、ではでは、ちょっと頼んでみようかな?なんて感じで始まった。

15年に及ぶサーカス生活の中で、大自然と共に暮らす民族の歌や楽器からサボテンの針を折る音まで、世界中の人々や自然とコラボレーションをし、その様々な音をコラージュのように組み合わせ、そこに彼女のアコーディオンが流れる。

シルクドゥソレイユで働いて、計2年になる今は、世界を旅し続けることの喜びも辛さも十分にわかるだけに、彼女の音楽を聴いているとなんともいえない気持ちになる。

彼女が音楽を通じて深く人々と自然、地球全体と繋がろうとして造りあげた音楽は、個人の表現というものを越えて、もっと大きな地球や人々を感じることができる作品に仕上がっていて最高。
音楽の旅!

彼女から音源を渡される、題は「memory of time」。
音と題から、ボクが感じたままの言葉を入れたいとのこと。

不思議なことに、
ボクに文章の才能があるのかも?音楽的な才能があるのかも?まったく知らないはずなのに、
最初から彼女は確かにボクのことを信頼してる。
信頼されるこっちが、彼女の信頼を疑ってしまいそうなくらいに信頼してくれている。

自宅に帰って、精神を集中して彼女の音楽聴く、できるだけ音楽に自然に心が動く状態にする、
ありふれた言葉だけど短い文が自然と浮かぶ。

翌日彼女に文を伝えると、「いいねー」の即答。

ということで、レコーディングのために彼女の滞在するホテルへ。

レコーディング用の高価そうなマイクと、パソコンを前に準備を始めだす彼女、
初めてのことで、緊張しているボクの様子を敏感に感じとり、終始リラックスした雰囲気造りに努めてくれる。
そんな彼女の姿勢から感覚や感情を敏感に感じ取って大切にしているのがわかる。

レコーディング機材やマイクの説明後に、早速レコーディング。


二人ともヘッドフォンをつけて、まだ言葉の入っていない音を聞きながら、マイクの前でボクが言葉を喋る。
高性能のマイクは、普段聞こえないほどの微妙な声の揺れや息もしっかりと拾う。
音楽素人のボクの感覚を大切にし、ここはこれでいいか?どっちが好みか?どんな感じがいいか?と常に聞いてくれる、
その姿勢から、音楽の才能などないボクへの絶対の信頼が伝わる。
っと言うよりも、
彼女の場合は、ボクが人間としてもっている本来の感覚を信じているように感じた。
きっと、ボクでなくても彼女は同じように人のことも自然のことも信じるだろうな〜。

高性能ヘッドフォンから聴こえる自分の声、
どこか納得いかないテイクは明らかに緊張でこわばっているもの。
日本語を理解しない彼女も不思議と同じ意見になる。

普段から人は、発せられる言葉の意味以上に声の質感から多くのことを感じとっていて、それは言語の違いを越えることに二人で気付き驚く。

1時間ほどでレコーディングが終わる。

普段音楽は聞けど、造る側に回ったことのない自分、それも一流のアーティストとの作業というか、コミュニケーション。
音楽やアートは感覚が本当に重要なんだってこと、そして、その感覚を鈍らせないために、信頼が重要なのに気づかされた。

彼女のボクに対する絶対的な信頼なくしては、ボクも自分をあそこまで表現できなかったとおもう。
もちろん、素人なので、他人と比較してしまえば、大したことはないんだけど、
でも、感じたままにありのままを表現すること、それが出来れば十分なような気がした。

なぜなら、ありのままの状態で人も自然も既に美しいから!
posted by taku at 11:10| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「Into the wild」!

映画「Into the wild」を観た。

裕福な家庭に生まれエリートコースまっしぐらのアメリカ人青年が大学卒業後、嘘や見栄があふれ、崩壊した家族や社会に嫌気がさし、アラスカの大自然の中で自分自身の力だけでシンプルに生きる生き方を夢見て無銭での旅へと出る。

実際にあった事実をドキュメンタリー作家が本にし、観客泣かせの演技で有名な名優ショーン・ペンがメガホンを持ち映画化。

久しぶりに本気で感動しました〜。


ボクも同じように世の中に嫌気がさして旅に出たというか、世の中に打ちのめされ旅に出たけど、幸運にも家族に恵まれた幸せな少年時代のおかげで、世の中を本気では憎んでいなかったし、人といることが好きだったから、主人公のように完全な荒野に一人で行こうなんて極端な行動に駆り立てられることもなかった。

ボクや主人公のように旅にでることを選ばなくても、同じようにたくさんの友達が世の中に違和感を感じ苦しみ、それぞれにそれぞれの道を選び歩んでいった、、、


引き篭もることを選んだ友達も、

本当の自分を偽って感情を塞ぎ生きる友達も、

趣味に没頭して見えないふりをした友達も、

自由を求めることを辞め、自由はないけど生活の保障される警察になった友達も、

欲望の中に浸ることですべてを忘れようとした友達も、

自ら生きることを辞めた友達もいた、、、



映画の青年が旅の道を選んでいったように、

それぞれの友達がそれぞれの道を選んでから、もう何年も過ぎた、、、

いろいろなことがあっただろう、、、

今、みんなは答えを探せたんだろうか?

幸せに過ごしてるだろうか?

青年が大自然の中たったひとりで最後に見つけたものがひとつの答えのようにおもった、

Happiness only real when shared.
        「幸せが現実となるのは、それを誰かと分かち合った時」
posted by taku at 01:07| Comment(2) | 本、映画、、、 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Eye-communication

「遥か昔、人は言葉を使う前、目で多くを伝えきた。

だから、人は、目を見て言葉以上の真実を探ろうとし、
言葉では伝えられないことを伝えようとする。」


今、福岡で26歳の青年二人とシェア生活をしてる。

そんなシェア仲間のひとりは、まともに目を見て話せない、

仕事から帰ってくると、寝るまでのほとんどの時間をわずか20センチの距離でテレビに釘付けになってる、
目が悪いせいで近づいてるんだろうけど、
それにしてもテレビと仲良すぎ、


そんな彼は、市で働くつまり公の職員で、
彼女もしっかりいる。
職場でまともにコミュニケーションとれてんのか?
彼女と見つめあえてるんだろうか?


それに、もう一人の住人は、彼に彼女がいたのを、最近引っ越したばかりのボクから初めて聞いたらしい。
大学からの長年の友達のはずの二人が同じ家に住んでるのに、気がつかないってどういうことだろう?

目を見ない彼は、自分の物だけは大切に綺麗に整頓している、
なのに、トイレ、キッチン、風呂、リビングなどの共有スペースは汚く埃っぽい。
彼の心の中も、こんな感じなのかな?
自分の心だけ綺麗にしときたいって、、、


大学の同級生で2年前からこの3LDKのアパートでシェアを始め、
ボクの部屋にもう一人ほかの同級生が住んでたらしいけど、
数ヶ月前に半分近く荷物を残したまま、どっかに出ていってしまったらしい?
そういえば、理由しっかり聞いてなかったけどなんだろう?

そういえば、こういう感じの同級生もいたな〜って思い出す。

ある意味、どこにでもいる日本人のあるタイプ、、、

久しぶりにこういうタイプの人たちと近くで生活して感じた、

「どうなってんの日本?」

もちろん、別に彼らが悪い奴らじゃないのはわかってるし、(どっちかっていうと、僕の方が悪い奴のような、、、)
この時代の全てが悪いわけじゃない、

けど、せめて、時代の悪いところに影響受けてるんだってことに気がつければ、
そしたら、少しでも変えていける。

窮屈で閉鎖的な社会の中で、違う生き方の選択を提示してもらえなかったんだろう、
きっと、人の目を見て話せる方が彼も楽だし楽しいに違いなんだから、、、

せっかく、一緒に住んでるんだし、これも出会い、
後、1ヵ月半、少しは仲良くなりたいな〜
posted by taku at 01:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

様々な場所、、、

日曜から九州、福岡に引越っしました、これから二ヶ月間福岡に滞在しまーす。
ということで、福岡に来る用事のある人は連絡下さい。

と言っても、何か福岡の特別な物とか事ってあるのかな?
思い浮かばない〜な〜

セブンイレブン、イオン、ツタヤ、ドンキホーテ、、、
日本中どこに行っても同じ企業の店か、
違うとしても同じような本屋に、同じようなレストラン、、、

特産品って言っても、
保存技術に、輸送手段の向上にインターネットの普及で日本国内のものはどこにいても大体のものが食べられる、、、

テレビの影響で、
コテコテの博多弁しゃべる人もどうやらそんなにいなさそう、、、
東京を中心としたマスメディアが流す流行の後を追うだけのファッション、音楽、カルチャー、、、

ってわけで、
いまいち、九州に来た気持ちになれない〜

そんな中でも、
唯一確かな違いを感じるものに「風」がある。
風に含まれた匂いとか、湿気で、
目をつぶってもここに吹く風がその土地特有のものなのは、
なぜか、しっかりと感じる。

南に山がある場所があれば、大きな河が流れる場所もあり、四方を海で囲まれた小さな島もあり、様々な地形がある、
緯度が違えば日が昇っている時間も違うし、温度も違い、
それぞれの場所で与えられる条件が違う。

そういった地球が与える条件によって、
それぞれの場所に違う植物が生き、違う生物が生きる、
そして、人間はその土地にある鉱物や生きる生命から衣食住をまかなって、
それぞれに特徴のある生活を築いてきた。

グローバル経済によって均一化されていく世界、
それが時代の流れだとしても、
地球がそれぞれの場所に与えるてくれている条件を、
もっと大切にし、楽しむことが出来れば素晴らしい。
posted by taku at 20:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

2010年を共に生きる

お互いのことを信頼して傷つけあうことをしないっていう理解、
お互いが良くあることを、世界が良くあることをお互いが思い、会話やコミュニケーションを出来るとしたら?

それぞれが人生をおくりながらも、
同じひとつの星に生きている。

ひとつの星の中で繋がり生きている以上、
世界や他の人たちが最悪な状態なのに、自分だけが良くあることなんて難しい。

他の人々や生命のことを本当に理解し、
共に良き存在になり、もっと良き星に住めるようにと思い生きるなら、
何かが変わっていく。

国籍や、会社、学校、宗教、グループ、社会的な地位、性別、、、
人々を隔ててしまう枠を超えて、もっと理解し合うこと出来るとしたなら、
何かが変わっていく。

ボクたちは、
生きるために、他の生命を必要として、
素晴らしい人生をおくるために、他の人々を必要としている。
子供の誕生を喜ぶために、
それぞれの成長を喜び合うために、
仕事の成功を喜び合うために、
悲しみや痛み傷を癒し合うために、
食べ物を分かち合うために、
笑顔を交わし合うために、
笑うために、
優しさを与え合うために、
夢を見るために、
触れ合うために、
語り合うために、
美しいものを分かち合うために、、、

2010年が、素晴らしい日々になるように、
ボクたちは他の人々を必要としている。
posted by taku at 23:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

Thank you in 2009, See you in 2010!

後、少しで2009年が終わる。
今年は、みんなにとってどんな一年だったでしょう?
8ヶ月間のアジアの旅を終え、2008年12月31日の夕方に成田空港に到着、
あれから一年。
日本で、沢山の人々と出会い、沢山の物事に接した。

納得出来ない自分自身の状態や、社会や世界の状況も沢山あった、
それでも、なぜか、自分やみんな、世界に対して希望を強じ感る。


「来年は良い年でありますように、幸せで、健康に過ごせますように」
そう祈る自分自身やみんなの姿が、未来に希望を感じさせてくれる。

来年が、ボクにとって、みんなにとって、全ての存在にとって良い年でありますように!
posted by taku at 17:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

「所有」から「関係性」へ!

「所有」から「関係性」へ!

資本主義的な考えに慣れてしまった自分たちは、
ついついお金や契約によって家も、土地も、恋人も、夫や妻や子供も、服も、、、
全ての物事を自分の物、つまり所有しようとしてしまう。

同じ地球上にも、アマゾンやアフリカの部族のように資本主義的なお金や所有という考えを持っていない人たちがいる、
そう言う意味では、資本主義とか、金とか、所有っていうのは、僕らが勝手に作り出した考えってことで、
別に、人間の遺伝子に組み込まれたものじゃない。

それなのに、やぱっり、所有という形にならないとなぜか落ち着かないし、
金を払って買ったんだから、自分のもので、何をしても自分の自由だって思ってしまう。

少し前に紹介したサティシュさんの話の中にも、所有から関係性へという話があった。

自然界においては、所有という考えはなく、関係のみがある。
たとえば、花は、ミツバチを所有しているわけじゃなくミツバチが花を所有しているわけでもない、
蜂は蜜を得て、花は花粉を運んでもらう、
それによって、お互いに生きることが出来る。
花が蜂を所有しているわけでも、その逆でもない。
関係性の上に両者の存在がなりたっている。

様々な個性をもった生命たちは、
関係性の中で、それぞれの違いを活かし、生きている。

他から完全に切り離されて個としては生きていけない。


人は食べ物を食べ、生きるエネルギーを得て、細胞を新しく変え生きていく。
そこでも、所有ではなくて、関係性という法則が機能している。

野菜を食べる。
野菜は体に入って、一時的なエネルギーとなったり、一時的な細胞に変化する。
エネルギーは熱となって、体から放出され、熱というエネルギーは形を変えるだけで、消えることはない。
そして、排泄物がそれ以外のものを体から排除される。
つまり、野菜は、体を通過していく。
その一時の関係性によって人は一時の生を繋ぐ。

その排泄物は、微生物によって分解されて、分解されたものを又、植物が生きるための栄養にする。

そこでは、どの立場の生命も、自分自身の体ですら所有をすることは出来ない。
体を形成する細胞も、やがては消えるし、人間の場合は、数年で体の細胞はすべて新しいものに入れ替わる。

人が食べ物を排泄物やエネルギーとしないで、永遠に所有しようとしたらどうなるだろう?
微生物は食べるものを失い、植物も食べ物を失う、
サイクルつまり関係は完全になくなってしまい、
誰も生きることができない。

物事は生態系の中で、形を変えて循環している。
循環という機能は、言い返らば様々な生命たちの関係を意味する。

つまり、自分たちを活かしてくれている自然のシステムも、自分たちの体自身も、
所有という考えではなく、関係性という考えによってなりたっている。

「所有」から「関係性へ」、
人と物事との関わり方を見つめ直してみる。
posted by taku at 22:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間らしい外人ハウスの日々!

スイスから日曜の夜、突然の非通知電話が鳴る。

懐かしい声が6年前の記憶を呼び戻す。


中南米縦断の旅を終えたボクは東京の外人ハウスに1年ほど住んでいた。
場所は千駄ヶ谷、原宿と代々木の間という絶好のロケーションにある一軒家。
8部屋のうち、3部屋が一人部屋、残り5部屋は相部屋で、合計13人がひとつの家に住む。
そして住人はボクを入れた数名の日本人を除いて国籍はバラバラ。

今は、知らない人と一緒にひとつの家に住むシェアという住み方もだいぶ知られるようになっているけど、
もともとは、アパートの借りられない外人のためのに出来たシステム。
その後、経済的な理由や、共同生活の楽しさが理由で日本人の若物が住むようになり、いつの間にか日本人が多数を占めるようになってシェアハウスと呼ぶようになっていった。

そんなわけで、今は日本人の利用者が増えたために、昔のような外人ばかりが住んでいる外人ハウスはほとんど存在していない。

スイスからの電話は、そのときに一緒に住んでいたスイス人の女の子タラから、
同じ家に住んでいるうちに彼女に恋をした。
同じ家に住んでいると普通だったら好きにならない人を好きになったり、普通だったら喧嘩するほどまで時間を過ごすことのない人と喧嘩をするまで近い距離になり深く関わる。
そんなことをしているうちに、普通では超えられない境界を越えて不思議と仲良くなる。
結局タラとは、かなわない恋だったけど、
お互いに全力で向かいあったので、
今も、お互い信頼しあっている。

外人ハウスに住んでいるみんなは、
良い職業にも就いていないというかほとんど違法労働者だし貧乏、
家は汚いし、狭いし、寒いし、熱い、当然風呂もキッチンも汚い、
おまけに、相部屋だからプライバシーもないけど、

国籍も、職業も、年齢も、宗教も、見た目も、
ファッションも、考え方も感じ方もバラバラのみんなが、
ご飯をつくって食べて、語り、慰め、遊び、笑って、
愚痴を聞いて、励まし、泣いて、遊んで、
怒って、喧嘩して、やさしくしあう。

日本人だとか、アメリカ人とか、どこどこの社員だとか、金があるとか、そういうステータスとかレッテルを超えて、
生身の人間として自由に関わり、触れ合って、人間らしい様々な感情が全身全霊を駆け巡る。

日本人らしくいることよりも人間らしく、
XXXXスタイルらしくかカッコヨクいることよりも人間らしく、
XX会社の良き社員らしくいることよりも人間らしく生きること!

タラと話してたら、
そんな人間らしい外人ハウスでの日々の思い出が溢れ出してきて、

そうだ!やっぱり、こうやって生きたいんだって!思った。
自由な心で沢山の人と触れ、
いろいろな感情が溢れる、
人間らしい生き方!

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posted by taku at 15:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月30日

Raw food初体験!

Raw food=加工されていない生の食材を使った料理、初体験してきました。

旅友達が週末だけ開いていたレストランの最終日に、
今年の夏、屋久島に日蝕を観に行った友人たちと集まり食事。
ほぼ、口コミのみでの広告にも限らず連日満員御礼だったようです。
Raw food、まだまだ、日本では料理できる人が少ないようです。

普段、火を通した料理ばかりを食べていると気付かなかったけど、
火を通すことで確実に壊れてしまう味や色、形があり、
それに、発酵食品や菌類、微生物なんかは、当然、火を通したら死んでしまうわけで、そういうものを摂取するには、火を通していないものを食べるしかない。

良く考えたら、人に至るまでの進化の歴史で、火を通したものを食べるようになったのは、ここ最近。
僕らは猿だった時代も、木の実や果物を料理せずにそのまま食べていたんだし、、、

もちろん、火を通すことで、食べられないものを食べられるようになったり、僕らの食生活は劇的に変わったのは確かなんだけど、
近年は、火を通す料理ばかりに偏っていたなーっと。

そして、気になるRaw foodの味は、本当に、本当においしかったでーす。

Raw foodは、これこれこういうものでって、頭で考えるんじゃなくて、
普段あまり感じない味や匂いの多様さを体感すること、つまり美味いっていう感覚として、
自分たち現代人の食生活の偏りを、
知らなかった食のすばらしさを気付かせてくれました。

そんな友達は、これから、ワーホリでニュージーランドへ!
パーマカルチャーを学びに行くそうです!
パーマカルチャーも凄く興味があるので、いろいろと学んで又再会するのが楽しみ!!

これそんな友達のブログです。
メニューなんかものってます。
http://blog.tabi-kutu.namaste.jp/


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posted by taku at 18:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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