2008年10月31日

10月31日 ボルネオからインドへ!

二ヶ月間滞在したボルネオ島を明日朝離れる。

ボルネオ島は、自然も人もとにかく多様で複雑に絡み合っている。
目にするものは、パームオイルプランテーション開発のための森林伐採であったり、その影で苦しむ先住民族の姿であったりと、本来のボルネオの大自然が見せてくれるような調和のとれたものではないにしても、その多様性に溢れた人と生態系の織り成す数々の物語、
そして、その中で無数の生命が放つエネルギーが、いろいろなことを感じさせ教えてくれた。
「ボルネオ、どうもありがとう!」

そして、これからは二ヶ月間インドを旅する。
「インド、よろしくお願いします!」

10億の人口、階級社会、貧困など多くの問題を抱えながらも、最近はハイテク産業が注目され、中国に次ぐ新興経済大国として注目を集めてるいる。

それに、ビートルズ、沢木幸太郎、三島由紀夫まで、インドの持つ宗教やヨガといった精神哲学、その反対に、道端では野たれ死ぬ人の横を神聖視される牛が歩く、そんな混沌が、常に多くの旅人に衝撃を与え、魅了してきた。
そんなインドもここ最近はグローバリゼーションの波で大分変化してきたというが、
それでも、刺激や精神的なものを求める多くの旅人の心を今もつかんで放さないインド。

そんなインドで、まずは、Auroville(オーロビル)という共同体を訪ねる。
出来れば、そこで1ヶ月ほどボランティアをしながら生活してみようとおもっている。
そして、その後は、いくつかのNGOを訪ねたり観光をしながら、インドのいくつかの町を訪ねたいと思う。

今回もボルネオと同じように、深く人々や土地と関わって旅をしていきたい。
そして、最後は、又インドにありがとうと言えるように、、、
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楽園定員オーバー。

シパダン島は自然を守るために一日の入島規制があり、宿泊施設がない。
そのために数キロ離れたところにあるマブル島という、同じく小さな珊瑚で出来た島に数日間宿泊していた。
ジャングルで出会ったスイス人の女の子に、水上コテージの宿で良いよ、と聞いてかなり楽しみにして行った。
水上コテージといっても食事つきで、貧乏旅行者にはちょっと高く感じる一日1500円。
島の周りは水上の民家が一杯、そして島内にも、かなりの数の家がある。
バリのプロジェクトは、ここの三倍の島の大きさに、ここの半分、300人の人口しかいなかったことを考えると、どう考えても、人口過密で定員オーバー。
珊瑚で出来た島には、人の流す汚水を綺麗にするような自然の浄化システムは存在せず、ビーチは、明らかに少しくすんでいる。
それに、プラスチックゴミがとにかく島にも海にも捨てられている。
イルカや亀がプラスチックを食べ物と間違えて呑みこんでしまう。

他の観光客もこの島の状況には本当にがっかりしていた。
誰もがうらやましがるような、素晴らしい海に囲まれながら、ほんの少しのことを怠ったているために、自分たちの生活を支える大切なものを破壊してしまっている。
更に、この島でも、東南アジア中でおこなわれていたダイナマイト漁ですでに、多くの珊瑚が死んでしまっている。そして当然魚の数も少なくなってしまった。

同じ珊瑚で出来た南の島という状況で、3年前から始めた自分たちのプロジェクトでは、洗剤や石鹸の全てを自然分解できるものにすることで、周辺の環境への影響を少しでも減らせるようにしている。
実際は、環境への悪影響をゼロにするにはまだ長い道のりがある。因みに、今回のボルネオでの植林にも、プロジェクトに関わる仲間が多くの参加をしてくれた。

小島という閉ざされた環境の中、過剰な人口による持続可能でない生活は自然環境に危機的なダメージを与える。
そして、自分たちの住む惑星も、球体という閉ざされた環境にあり、今67億の人が住み、
増え続ける人口は、2030年に83億、2050年には92億人に達すると予想されている。
当然、地球にも、小島と同じように限界がある。

一日で20万人人口が増えている現在の地球。
下のサイトは、実際に、どのくらいのスピードで増えているのかが一目でわかります。
http://www.arkot.com/jinkou/

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2008年10月30日

美しい星を旅する。

旅の間、どこの国にも社会にも属すこともなく、
世の中という流れから少し外れた状態で、物事がより客観的にみれる。

そんな中、
インターネットで日本や世界の慌ただしい文明社会のニュースを聞き、
そして、同時に、オランウータンや海亀の生きる大自然の雄大な時間と空間に触れると、


地球という一つの球体の中、
刻々と時は流れ、無数の事物が複雑に絡み合い影響し合い、変化していく様子をはっきりと感じることが出来る。

この星を旅していると、
そんなカラフルでダイナミックな営みに、言葉にできない感動を覚え、

同時に、そんな営みを支える文化や生命の多様性が凄まじいスピードで壊され、永遠に失われていること、
そして、自分自身も、複雑に絡み合う地球の中で、その破壊に加担している事実が複雑な気持ちにさせる。
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忘れていた深い青の世界、、、

ボルネオ島は陸だけでなく、海にも大自然が広がっている。
その中でもボルネオ島の北、フィリピンとの国境すぐ近くにある、シパダン島は世界的に有名なダイビングスポット。
今回は、そこにダイビングではなくシュノーケリングをしに行ってきた。
バリのプロジェクトも同じような珊瑚礁によってできた小島、しかも目の間が、ちょうどダイビングのポイントだったので、それなりに南の島の海には慣れていたけど、さすが、魚の種類も数も多いし、大きな魚も多い、わずか数メートルの距離で魚の群れが壁のようになっていたり、色鮮やかな珊瑚も生きている。
今回は見れなかったけど、大群の魚が渦になっているのが見れるらしいし。

そして、何よりも亀の多さに圧倒。

視界の中を5匹の亀がゆったりと泳ぐ姿、
1メートルほどの距離まで近づいても、ほとんど人間の存在を気にすることなく悠々とした姿、
どこまでも深いブルーの中へとゆったりと泳いで消えていく亀の姿、、、、

そんな海亀の姿が、他の無数の生命が同じように地球に生きていることを思い出させてくれる。

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写真は、ナショナルジオグラフィックに写真が掲載されたこともある仲良くなったマレーシア人旅行者にもらったものです。
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2008年10月22日

一億年の森へ

一億年、生き続けきた大きな生命。

森は、その中に住む多様な生命がそれぞれの役目を担うことでバランスを保ち、ダイナミックな一つの生命体として生きている。
そして、ボルネオの森の起源は一億年前まで遡ることが出来る。

Danum Valley(ダヌム・バレー)。ボルネオ島でも数少ない大きな原林の森。絶滅危惧種のスマトラサイやアジア象が完全に野生の状態で、この森のどこかに今も、生きている。
そんな、地球上に残された最後の楽園の一つDanum Valley。

向かう途中、道から見える森の様子で、既に、今まで見てきた森と違うことがはっきりとわかる。
まずは、木の高さが一段違う、60から70メートルくらいはある。それだけで、森の持つ印象は、だいぶ違う。
そして、更に、木々の背丈の違い、葉の色の違い、枝や木の構造の違いが、一億年の月日から作り出される森の深みと、いく億もの生命が重なり合い連なりあう生命のエネルギーを伝える。

森は、水の大きな循環を生み出す。雨が降り、その雨を根から吸い、そして、葉から蒸発させる。その循環の量が凄まじい。
森全体に立ち込める、水蒸気のような靄。
そして、今度はその蒸気が雲になり雨が降る。

森全体が、大きな生き物ように生きている。


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2008年10月19日

オランウータン(森の人)との出会い!

オランウータンは、マレー語で森の人を意味する。
そして、オランウータンとヒトが共通の祖先から別れたのは、わずか1500万年前のこと。
その後、人は森を出て、オランウータンは森にとどまった、、、

人とオランウータン(動物)、何が違うのだろう?


母親が子供を抱えている姿を見たとき、子供のことを愛おしそうに見つめ、優しく抱きかかえ、唇と唇を寄せたり、顔を寄せ合ったりするその姿は人間となんの違いもないとおもった、とうか感じたという表現のほうが適切かもしれない。

だとすると、人と動物、更には植物なども含めた生命の違いって?

全てのものに、同じように命がある、人間だけ価値の高い命を持っていると、いつの間にか考えている自分がいたことに気付かされた。

植林をしたtaujung putting国立公園はオランウータンの生息地として、世界的に有名な場所。ジュリアロバーツなどの有名人が訪れたことなんかもある。

ボルネオ島では、他でも、ここと同じように餌場にくるオランウータンを見ることが出来る場所はあるが、ここはその中でも、最高の場所だろう。
なぜなら、アクセスの悪さもあってか観光客が少ない。餌をやる係員2人と、他の観光客が3人、そしてガイドが3人。ガイドが決まった時間にバナナを餌場に持っていき、ホーウ、ホーウという大きな声をあげ、オランウータンを呼ぶ。

はじめから、餌場の近くで待っている、母親と子供。そして、すこししてから、ぞろぞろと他の親子や、オスが集まってきた。全部で10匹くらい。
これで、人間の数が多すぎたり、オランウータンが檻にはいっていたら、だいぶ雰囲気が違うが、オランウータンと人が森で出会うといったところだろうか。
彼らも、食べるものが十分にあれば、別に現れない。

ただ、FNPFのスタッフが言うように、オランウータンを餌付けすることは、彼らを人に懐かせてしまい、本来の野生とは違う状態にしてしまうことであり、問題がないわけではない。
以前FNPFが保護をしていたときは、必ず、自然に返すことを目的とし、人間に絶対に懐かないようにしていたという。
後で、知ったことですが、マレーシアの国立公園では、餌場でも観光客は10メートル以上の距離からでしかオランウータンを見れないらしい、理由は、人のウイルスがオランウータンに移り、彼らが死んでしまうかもしれないからとのこと。

今回は、知らなかったので、ごめんなさい。
けど、ラッキー!

森から集まったオランウータンが、木々を自由に移動し、時々地上に降りて目の前を歩くことも、そして自分の真横を通り過ぎることもあったりして、動物を見るというか、動物に出会うといった感じ。

男、28歳にして、オランウータンに大感激。涙出そうでした。

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オランウータンと人の違い?

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2008年10月18日

熱帯雨林の革命家・バスキ!

こっちの人には珍しく長い髪を蓄え、動物のような目つきと豪快な振るまいのワイルドなbasuki(バスキ)、38歳。

20年近く、ジャングルでの植林などを主にするいくつかのNGOで働いてきて、
ここ10年ほどはFNPFにて働いている。
FNPFでは、森林火災、伐採企業、パームプランテーション企業、鉱山業、政府の腐敗などなど、自然破壊の脅威に晒されされたタンジュン・プティング国立公園のジャングルの中で、10人ほどのスタッフと共に、自然と人々のための活動をしている。

そのワイルドな風貌とは、逆に、どんな大変なときも笑顔と楽しむことを忘れず、
なによりも誰に対しても優しく愛情をもって接する。

人と楽しみ、自然と楽しみ、人生を楽しむ。
だから、人を愛し、自然を愛し、人生を愛する。
そして、人も、自然も、全てが幸せで入れるために、自然を守り、人を守る。

バスキから、環境問題は全ての「命」を大切に扱うという一番大切なことを教わった。
そして、笑顔を忘れず、いつも人生を楽しむことも。

10年たち彼と同じ歳になったとき、彼のように大きく生きていたい。

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BasukiとKay。

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優しく苗木を扱うその姿がとても印象的だった。

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そして、くわえタバコに左腕に乗っているのはサソリ。子供は真似しないで下さい。
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熱帯雨林のヒーローFNPF

世界中で森林伐採が進む今、一方で、植林への動きも沢山現れてきている。
そんな中でも、ボルネオ島でこのFNPF( http://www.fnpf.org/index.htm)というNGOと共に植林が出来たことはとても良かったと思う。

外国からのNGOや政府の開発援助による活動は、外国人のスタッフの生活費や運営費など実際の活動以外に多くの資金がかかっていること、滞在期間が短期であり、外国人であるための言葉や文化の壁によって問題の本質を理解できず、根本的な解決が出来ないことなど、その活動内容と結果に賛否が問われることが多い。
多くの場合、問題は根が深く、他のことと複雑に絡み合っている。

そんなこともあり、今回は、無駄のない効果的な活動をしているNGOで植林活動をしたかった。そして、多くの人からのお金を預かっているというのもあった。

主に地元の人で構成されたFNPFは大きな援助もない中で、自分たちで経営するカフェやちょっとした観光収入などでなんとかやりくりしている。土地に根ざした地元の人々だから、なんとか生活は出来るというのも大きな助けになっている。
そして、時間を掛け、草の根的に見方も敵もなくいろいろな人とコミュニケーションをとり繋がっていくことでじっくりと問題の根本を解決していく。

例えば、パームオイルプランテーション企業が違法であるにも関わらず、土地を拡げているその最前線で、植林やオーガニック農園をつくり、プランテーションや金鉱山の労働者を農家になることを促す。ただ鉱山やプランテーションに反対すのではなく、彼らに他の生きるための選択肢を与えることで、問題の根本を解決しようとしたり。

それ以外にも、金鉱山の労働者や周辺住民に水銀の危険を教えたり、森林火災の消化活動、焼畑による森林火災などが起きないように地元民に呼びかけること、地域の学校での環境教育プログラムなどなど、活動は多義に渡る。

そして、本来、人々を守るための機関である政治や警察、法律ががまともに機能していない。寧ろ、自然や、人々を苦しめている。
そんな中での活動は、そこに住む人々との繋がりが、自分たちの身を守る方法でもあり最大の解決方法になる。そこに人がいる限り、その人たちと一緒に生きることがなによりも大切なことだとリーダーのバスキが言っていた。

そしてこの活動の原動力が、人と自然に対する深い愛から来ている事。
何者の命も無駄に雑に扱わず、常に、全体が永続的に平和でいられることを大切にする。

そんな深い思慮と愛情に根ざした活動を、ジャングルの中の小さなNGOがしていることに驚かされ感動させられた。情報や形ばかりで本質を見失っていた自分たちの愚かさを痛感させられた。

そして、そんな彼らの人や自然に対する深く広い愛は、
人と楽しみ、自然と楽しみ、人生を楽しむ彼らの生き方からきている。
そんな彼らの笑顔や笑いがとても印象的だった。

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2008年10月16日

10月12日 800本植林終了!

遂に、800本の植林完了!

参加していただいた方々に、そして、FNPFのスタッフに感謝。
本当にありがとうございました!

小さな小さな苗を植えるという単純な行為が、
後に、自分たち人類も含めた生態系を繋げ支える大きな森になり。
そして、それは、そのまま自分たちの命になる。

生命の基礎となる地球生態系の危機、
現代資本主義文明の根幹を成すアメリカ金融界の危機に象徴される経済システムの危機、
そして、自殺や狂気的な犯罪、政治腐敗の横行などなど誰にでもはっきりとしている社会の腐敗、、、

そんな数え切れないほどの問題を抱える現代の地球で、
これからは、状況を変えていく大胆な発想と、実際の行動が問われる時代になると思います。

そんなときに、今回のように、地球全体としては例え小さなことでも、多くの人の参加で何か地球全体にとってプラスになることが出来たことが、多くの人にとって何か意味のあることになっていてくれればと思います。

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ジャングル植林ゲリラ部隊!



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左上より順番に、今回植林を手伝ってくれたFNPFのスタッフの名前と、カッコ内は苗木の名前です。今回は合計で40種類もの原生種を植えました。
誰よりも植物のことは詳しい最年長Ledan(Meranti Putih 70メートルもの巨木になります。)、9匹のオランウータンの代理母親Iyut(Aru)、もの静かなKaspul(Idat)、シャイなAinun(鉄の木と呼ばれるUlin)、変なキャラのRasit(Jaring)、優しいTuyan(Ubar Samak)、西最年少Adut(Canan)、アメリカ人のKay(Papung)、冗談好きのArubain(Nyatoh)、自分(Rasak)、そして、リーダーBasuki(Amang)、

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衛星からの写真。真ん中の島がボルネオ島。そして黄色い印の場所が今回植林をしたタンジュン・プティング国立公園のある位置です。

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白い線の内側が国立公園になります。415,040ヘクタールの敷地内に、約5000匹の野生のオランウータンが生息していることで、世界的に有名。一方で、伐採、鉱山、プランテーション、森林火災など、多くの危険に晒されてます。
黄色の印が植林地のBeguruh(ブグル)になります。

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茶色の部分が火災で森林が焼失した部分、今回は、この印のあたり100メートル x 200メートルの土地に40種類、800本の苗木を植えました。今後FNPFでは、消失部分全体に植林をしていく予定。

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真ん中の白い線(幅5メートルほどの川)の右下内が国立公園になります。左上は、鉱山やパームプランテーションによってほとんどの土地が開発されているのがわかります。
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10月11日 そして、今日も又、木を植える。

今日も朝の6時から植林開始!
昨日の午後からリーダーのBasukiが加わり、更に雰囲気が良くなり、仕事も進む。
しかし、ここ最近の慣れない生活のせいか精神的にも体力的にも、少し疲れが溜まってきた。
植林をする手が鈍る。
そんなときBasukiが、「疲れたら休みなよ!木を植えるときは良い心で植えないとね!」と、いつもの満面の笑顔でアドバイスをくれた。

この苗木が育てば、いつか、この木は沢山の生命のよりどころになる。
虫も、オランウータンも、苔も、人も、そんなことを考えて木を植えるほうが何倍も気持ちがいい。

今日は、更に、400本ほどの植林が終了。
あと、残り100本。
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夢の中より心地いい。

朝になると、鳥や猿の鳴き声が響き渡る。

当然、都会や町での、車や電気製品や時計の機械的な音の中よりも、そして、どんな素敵な夢の中にいるよりも、
自然の空気や生き物の鳴き声に包まれているほうが心地よい。

進化の過程をずっと遡っていっても、ずっとこんな自然に包まれた中で生命はほとんどの時間を過ごしてきたわけで、自然が気持ちよくないわけがない。

人間は本来自然の一部であることを、こういう瞬間に本能的に実感する。

以前は当たり前のことだったこういう体験も、自然の失われたしまった今はこういう体験こそが、夢の中と呼べるのかもしれない。


明日のうちに植林地のBeguruh(バグル)に着くために、午後、二日間滞在したJerumbunを離れる。
今夜はタンジュン・プティング国立公園(Tanjung Puting National Park)の入り口にある小さなtanjung harapanという村にあるスタッフの家にお世話になることになった。
村に電気がないので、自宅の発電機で発電をしている。
近所から子供が5人と、大人が5人ほど集まって、テレビを見ている。
父親から聞いた、昔の日本の話を思い出す。そして、現代らしくみんな携帯電話を持ってきて、充電もしていく。
老人も子供も男も女も、みんな距離が近い、良く触れ合って、笑い合い、にぎやかで、子供の笑顔が耐えることがない。本当に安心して幸せそうな顔をしている。
こんな子供の落ち着いた和やかな顔を日本では、余り見ないように、思う。
どこか不安やストレスに駆られたような固い表情をしている子供が多い。

そして、そんな暖かい家族的な雰囲気に心を和まされたせいもあり、降り止まない雨の音がどこか懐かしく心地よい眠りを与えてくれた。
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10月6日 ワイルドな生活、、、

9匹のオランウータンの母親役をしていたというIyutという女性が今日は僕たちの母親として、昼飯をつくってくれた。
森林火災や伐採で親を亡くしたオランウ−タンに、一緒に木に登って寝床の造り方を教えたり、食事の食べ方を教えたりするろしい。しかし、オランウータンの母親っていわれても、話が余りに非現実過ぎて、ピンとこない、、、
正直、ここでの生活や出来事が未だにしっかり把握できていない。

午後はカヌーに乗って、近くの川を1キロほど散歩することになった。
カヌーが出発する場所で、半年前にスタッフの犬が水浴びをしていて目の前でワニに食われた話を聞き、少し行ったところで現地人が同じくワニに食べられ、又、他の場所でも水浴びをしていたイギリス人がワニに食べられた話を聞かされる。結構、ショック。

そして、更に夕飯時に、キッチンに小さなコブラが出現。
かなりショック。
小さいから大丈夫でしょ?とか聞いたら、小さいほど毒が強いらしく、更にショック。

そして、ここでの生活の極めつけは、蚊。
とにかく、半端ないです。
このあたりは湿地帯のジャングルのためある程度は予想していたけど。
しかも、シャワーもトイレもなく、シャワーは井戸の隣で適当に、トイレも桑を持って適当にって感じなので、この時が、又、蚊との戦い。
用をしていようが待ってくれるわけがない蚊、尻を刺されたり、大事なところも刺されたり、本当、この瞬間は、快適な日本に帰りたくなりました。

そんな感じで少しづつこちらでの生活を把握できるようになってきたけど、それにしても、夜中はコブラに気をつけろとか言われてもね。

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コブラ!
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ここがスタッフの犬がワニに食べられちゃった現場。
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蚊がいっぱいの藪の中にあるシャワーというか水浴び場。
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10月5日 探していたところへ、、、

日が昇る前、暗く灰色の町ポンティアナックを後にして、小さな50人乗りのプロペラ機で、Pangkalan bun(パンカラン ブン)という町へ。

同じボルネオ島内にも関わらず、船でもバスでも行くことが出きない。
ジャングルの雨季の雨の凄まじさで、道路がないのはわかるが、海岸線沿いにあるにも関わらず船で行くことが出来ないのが理解できない。まるで、陸の孤島。

空港に迎えに来てくれたのはこれからお世話になるFNPFというNGOのスタッフ、コマン。バリ育ちの、大柄の男。
タクシー、小型ボート、そして、バイクタクシーと乗り継ぎ、お決まりのパームプランテーション畑を抜け、Jerumbun(ジュルンブン)という目的地に到着。

正直、あまり状況も把握できていないまま、とりあえず、着いてきた。
とりあえず、現場に実際行ったり、人に会ってみないとわからないのがインドネシア。

小さな小屋の後ろに、キッチンと、ベンチとテーブルがあり、現地人が3人と、白人の年配の女性がいた。
早速挨拶を交わし合う、
みんなとても、穏やかで感じがいい、ゆったりと和やかな空気が流れ、旅の緊張をほぐしてくれる。


植林地を決めるに当たって、決め手になったものは、いつも旅に使うlonley planetという世界で一番売れているガイドブックに載っていた小さな記事だった。

このNGOが草の根的な活動をしていて、いかに良いスタッフがいるのか、そして文章を書いた本人の優しい人柄まで伝わってくるような温かい文章。
もし、この小さな記事がなかったら、ここを選んでなかったとおもう。少ない手がかりで来るには、すこし遠すぎる。

そして、この記事を書いたのが目の前のアメリカ人の女性Kayさんだった。
彼女も、記事が掲載されているのは初めて見るらしく、驚いていたし、自分の記事を読んで誰かが来てくれたことをとても喜んでいた。

55歳になるKayは、いつも笑顔が絶えることがなく、いつも誰に対しても優しい。
一方で、意思が強く、意見がはっきりとしているところは、さすがアメリカ人。
ハワイ島、フロリダなど大自然の残るアメリカ国内のいろいろな場所に住み、環境に関するNGOや世界でも屈指の運営を誇るアメリカの国立公園など、常に自然や人に関わる仕事をしてきた。
環境に対して、深い知識と経験がある。
そんなKayがとにかくここのNGOの活動とスタッフを絶賛する、
というか、感情いっぱいの言葉で、彼らは自分のヒーローなのと語る。
少ない運営費で、草の根的な活動で自然や人を守り。そして、何よりもスタッフたちの明るくシンプルで優しいその人柄が素晴らしいとのこと。

彼女が生きてきた時代のアメリカは今の日本と同じように、社会も人々も酷く病んでいた。
そんな中で、彼女はシングルマザーとして3人の子供を育てるが、いつも、不安とストレスに苦しめられた生活をおくって来たという。
そして、3年ほどまえに、知り合いを通じ、FNPFで数ヶ月ボランティアをすることになり、それ以来、何度もボランティアに来ているそう。
ここでの生活は、アメリカでの生活に較べればかなり不便、自分の部屋もなければ、言葉も最初はしゃべれないし、大量の蚊に、食事も質素、トイレもシャワーもない。
それでも、そのままの自分でいればいいという人々の優しさや素直な笑顔、そして、質素ながらも必要な食べ物や生活に必要なものを与えてくれる自然の恵みが、彼女を癒し、いつも平和な優しい気持ちにさせてくれると言う。

さっき、ここに来たばかりなのに、Kayの言っている意味が少し理解できる。

どうやら、自分が探していた場所に来れたようだ。
沢山の人から預かった植林のお金を、安心して渡すことが出来る場所に。

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これが、Jerumbunという場所でのFNPFスタッフの家。今年から活動の一環として、この周辺でオーガニック農園を始めた。

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家の裏にあるキッチン。
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2008年10月03日

10月3日 工場のような街

日本を離れてから、既に5ヶ月近くが過ぎた。
これほど長く日本を離れたのは、6年前、22歳のときにした南米縦断の旅が最後。
その当時は、こらから何をしたらいいのかも、自分のことも世界のことも、今もあまり良くわかっていないけど、今から較べればまったくわかっていなかった。
だから、5ヶ月もすると、日本から遠く離れた場所をただ旅していることに、何のために旅をしているのかが、わからなくなることがあり精神的に苦しい思いをしたのを覚えている。
自分自身が不確かな時は、世界中のどこにいても、自分を見失い迷っているような感覚に陥る。

それに比べて、今回の旅は、かなりまともになった。
どこにいても、何をしていても、誰と居ても、「環境のこと」が目的としてずれることがないので、自分自身を見失うこともない。
当然多少は、その場の雰囲気に流されることもあるけど、数時間、長くても、数日すれば、目的を又思い出し、修正している自分がいる。

それにしても、このポンティアナックという街は汚い。
道路のわきに大量のゴミが捨てられていたり、川も人も道路も建物も、どこもかしこも、油で汚れたように黒ずんでいる。
町には、かつて熱帯雨林の森が生い茂っていた形跡など微塵もなく。
さらに、雨季のぶ厚い雲のせいで、ここ三日太陽をほとんど見ていない。
そんなこともあって、どこかの大きな汚い工場の中にいるような気分にさせられる。

自然や生命を感じることのない世界、もしかしたら、未来はこんな風に味気なくなってしまうかもしれない、、、

廃棄ガスのせいか、少し、目の下がアトピーのようになっている。
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2008年10月02日

10月2日 発展途上の混沌の中、世界を考える。

この発展途上の街の中を歩いていると、いろいろなことを思う。

インドネシアには、一年近く仕事で滞在していたので、ある程度、政治や文化的なことは理解している。ここでも同じく、国や軍や警察といった行政機関が腐敗し、人々のために碌なことをしていないのがわかる。そして、行政機関と癒着している企業が、ボルネオ島の木材やパームオイルという資源からの利益を牛耳っていることも。
明らかな世界の不平等があり、歪がある。

そして、ここでも人々は、日本や他の先進諸国が同じであったように、未来のことを考えることもなく闇雲に発展へと消費へと豊かさへと向かっている。
そして、その先には、彼らが知らない自然環境の破壊による数多くの災難も、そして資本主義経済のもたらす、数多くの文化的もしくは人間的な幸福の喪失などの、社会的な数多くの問題が待ち受けている。

多くの人は今、世界が直面している環境問題ということなど一切知る由もないだろう。
それを知らせてくれるような情報源もなければ、それを正確に把握できるほどの教育もなされていない。
更には、今、彼らの置かれている劣悪な生活状況に較べれば、地球的な環境問題などどうでもよいことになってしまう。

環境問題が、一個人や一企業、そして一国家のものでないこと、全地球的、全人類的な問題であること。他の国の貧困や政治の腐敗によって引き起こされた環境破壊は、同じ地球にいる以上は何らかの影響が自分たちにも必ず及ぶ、そして今も及んでいること。

人類は、環境問題という地球的、人類的な問題を前に、個人主義や国家主義的な考えを見直さなければいけない時に来ている。

世界中の人が地球的な視点に立ち物事を考え行動すること。
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10月1日 赤道直下の街ポンティアナックにて、、、

街の中心を赤道線が通る赤道直下の街ポンティアナック。
今日、2時間ほどこの街を歩いてみても、外国人を一人も見なかった、マレーシア側のボルネオにくらべ、インドネシア側は経済と同じように観光もあまり盛んではない。

マレーシアのように車の数は多くなく、バイクに乗っている人が多く、建物も壊れそうなものが多い、そして、ゴミが散らばり、汚れた服を着た人が歩き、屋台の数も多い、そんないかにも発展途上国という雰囲気と、観光が発展していない不便さの中に、なんとも言えない旅の楽しさがある。
そして、泊まっているホテルの薄暗い照明、どことなく怪しげな従業員達、そして少し匂うベットが、更に旅を旅らしくしてくれる。

しかも、まんまと、ハリ・ラヤというイスラム教の正月に当たってしまい街はほとんどの店が閉まり、植林地へ向かう飛行機の航空券の手配も出来ない状況。熱帯雨林の森と河に拒まれ、植林地へは飛行機でしかいけない。
旅に、こういったことはつき物なので、特に慌てることもなく、あえてこの何も見るもののない街を少し楽しむことに、それに、本もたっぷり持ってきた。
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9月31日 発展途上国インドネシアへ

1ヶ月ほど滞在したマレーシアを離れ植林地のあるインドネシアへと入国した。
違う国とはいえ、同じボルネオ島の中にあるために、つい、経済的に同じような状況を予想していたが、余りの違いに驚かされた。
マレーシアにいる時、友人の紹介でJICAの人たちと知り合う機会に恵まれた。話によると、マレーシアへのJICA隊員の派遣は、今回で最後になるかもということ、そして、他の欧米諸国のODAもすでにマレーシアでの活動はしていないとのこと、それくらいにマレーシアは既に発展をしている。
一ヶ月の滞在期間、快適に過ごすことが出来、友人宅に滞在していたここ一週間で、つい自分が熱帯雨林の生い茂るボルネオ島にいることもすっかり忘れてしまっていた。

そして、インドネシアに向かうバスの車窓から見える、熱帯の自然と発展途上国の貧しさと混沌とした中で生きる人々の姿が、自分をボルネオというどこか、未開の地というイメージの中に又、引き戻してくれてた。

不思議なもので、同じ島内のマレーシアよりも、距離は遠くても以前に一年ほど滞在したことのあるインドネシアのロンボク島に近い風景が広がる。
国や文明の力の強さを感じる。わずか、100年前には、この島を国で分けるようなものは存在していなかった。今は、同じ島内にあったとしても、国境という線によってその特徴や雰囲気は違っている。
そして、国の政策によって、発展の方向もスピードも違う。

しかし、人や現代国家は一様にして、発展を求めつづけていることに変わりはなく、その発展へ向かおうとする様子はここインドネシアもマレーシアも変わらない。

そして、その様子は、他者や自然のことを気にすることも省みることなくひたすらに、開発へ消費へと向かっている。

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2008年09月30日

森を造りに行ってきます!

遂に、明日より木を植えに、そして森を造りに旅立ちまーす。

多くの方々からの植林への参加表明をいただき、見事15万円分の木を植えることが出来ます。
ちょっとした森になります!

現在のところ、一本300円から500円で植えられる予定になっているので、合計で300本から500本の木を植えられることになりました。正確な植林の本数などは現地に着いてから決まりますので、詳細は又報告したいとおもいます。

今回、環境問題の知識を深めるための旅の中で、木を植えたいとおもい、どうせだったら周りの友人にも声を掛けてみようと、旅の出発パーティーに集まってくれた友人たちに声を掛け、参加してくれたのが始まり。
その後は、ブログを読んでいただいていた人たちからの参加、静岡の実家、そして母親のご友人の方々からの参加、ミクシーでの友人からの参加、そして僕が参加しているバリの小島での環境に優しいリゾート・サンセットゲッコーの仲間からの参加などなど数多くの人たちの参加を頂き、合計で15万円分の参加をしていただくことが出来ました。

このお金は、植林へとそのまま使われるもので、もちろん僕の個人的なものではなく、皆さんからお預かりしたものとして、一時的に、ボクの手元にあるのですが。

こんなに嬉しいお金って今までにあったかなー?という気持ちに、いろいろな人の気持ちが込められていること、
そして、なにより、このお金は数百本の苗木となり、二酸化炭素を吸収し、自分たちの吸う酸素を排出し、やがては大切な生態系を支える多くの生命が宿る熱帯雨林の森になることを考えると、なんとも言えない気持ちにさせられます。

後、今回の植林を募金や慈善行為とはあえて呼ばないで植林参加と呼ばせていただきたいとおもいます。
それぞれ、なかなか植林をする機会のない方々の代理として、ボルネオ島という最も効果的な植林を出来る地を旅する機会に恵まれたボクが、皆さんの代わりに木を植える、あくまで、みなさんの植林ですので、そのことを心に置いてください。

地球の生態系によって、存在することが出来る私たちの生命、その生命の源となる生態系・自然を守ることは、地球の生態系を守ることでもあり、何よりも自分たちの生命を守ること。


以下に、参加していただいた方々のお名前をわかる範囲になってしまいますが掲載させていただきます。

*静岡の実家より
スニフさん、花子さん、吉川恵子さん、比嘉典子さん、竹内典子さん、下村千草さん、斎藤佐世子さん、森田珠江さん、石川道子さん、水野松枝さん、川口かづ代さん、高橋浩道さん、高橋佳美さん、高橋秀文さん、高橋知臣さん、高橋茉奈美さん、八木すなをさん、柏原道枝さん、村松かずこさん、増田好美さん、松浦春江さん、太田節子さん、松井裕子さん、国京照子さん、父、母、兄、

*The sunset geckoより
北谷 隆策さん、下垣 隼一さん、西野 義人さん姪・甥、加藤 英樹さん、Rosaさん、Hiro 田中さん、横森さん、さおりさん、よし党さん、猿渡清二さん、浜本妙子さん、

*友人
福代大志郎さん、木村アイさん、ユリさん、うの ゆいこさん、袴田敦子さん、エリさん、カヨさん、島崎健治さん、島崎恭子さん、

*そして、旅の出発パーティーに集まってくれた皆さん!誰が参加してくれたのか記録とっていなかったので、写真で勘弁してください!

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2008年09月29日

障害者?和太鼓!

昨日は、日本から遠く離れたボルネオ島で和太鼓のショーをショッピングセンターにて見ることになった。

先週の日記に書いたナカザワさんたちによる障害者施設の開設を祝うために、長崎からわざわざ呼ばれた知的障害者によるプロの和太鼓演奏。

太鼓の素晴らしさは今更語るまでもなく、遠く熱帯のボルネオの地で聞いても感動的なものだった。そして、その演奏をしている障害者の方々の表現力の素晴らしさに強く感動させられた。
買い物に来て偶然目にしたマレーシア人の方々も相当感動していた。

健常者と障害者の違いはなんだろう?
同じように生き、同じ人間であることにはまったく違いがない。

演奏後に演奏者の方々とお話する機会をいただいた、ほとんど健常者と変わりなく話ができたことそして彼らの演奏を見る限り、彼らの何人かは障害者と呼ばれるにはあまりに普通に見えたことに疑問を感じた。
それなのになぜ?彼らは障害者と呼ばれ、そう扱われてきたのか?

演奏者のあいさつの中で、自分達は話すことや計算することが苦手ということを言っていたことを思い出した。
つまり、この現代社会・経済システムの中で上手に機能しないということを意味しているんだとおもう。
経済・社会システムの中で、障り(他のものの邪魔をし)害を与えるものとして障害者を、自分も含めた社会や健常者は扱われてきた。

彼らの演奏を見ていて、その表現力の豊かさに驚かされた、障害と呼ばれる脳や体の機能ことは別として、心に関してはまったく問題がなく同じ人間であることは、はっきりと感じることができ、そして、こうして社会の中で、プロの演奏者として、多くの人に感動を与えている以上、彼らのことを、障害者として偏見の目で見ることに疑問を感じた。
当然、いまだに、彼らの持つ脳や体の機能的な不全がもたらす、彼ら自身に対する不便はあるとしても、その点において彼らを障害者として扱い、サポートすることは重要だとおもう。しかし、彼らを一般社会から排除や隔離したり、偏見の目で見ることは間違いだとおもった。

そして、そういう偏見的な考えをもって彼らを扱ってきたことが、彼らの可能性を塞いできたと思う。
彼らと話すことができ、まったく同じ人間であることを強く感じることができ、もし、彼らが障害者として社会から可能性を塞ぐ用に扱われ続けていたとしたら、彼らの自信に満ちたまっすぐな瞳も、素直な笑顔も、素晴らしい演奏も見ることはできなかったと想う。

どこか障害者を自分たちとは違う人間として排除して接することがない日本の社会で育ち、自分も、彼らに対してどこか偏見的な考えを持って生きていた来たと想う。

今回は、同じ人として友人として出会い接することができ、名刺までいただき、ぜひいつか彼らを訪ねてみたいとおもった。

こちらが瑞宝太鼓のホームページになります。
http://www.airinkai.or.jp/zuihou/act.html

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posted by taku at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 失われた楽園ボルネオの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

9月26日 小さな種は、やがて鉄のように堅い木に、、、、、、

香港でのアメリカ人の女性との出会い以来、不思議な出会いが又あった。
同じようなことを感じ、同じようなことをしている人が、ここボルネオ島にもいた。

ヘンリーというインドネシア産まれ、シンガポール育ちの青年。確か年齢は24歳だったと思う。
国籍はインドネシアにも関わらず、自分のことを地球人と呼ぶ。
それというのも彼の国際的な生い立ちが影響している。
お爺さんは中華系のインドネシア人として、ジャカルタにて不動産業で大成功。
そんなわけで、かなりのお金もちの一族らしく、彼は東京並みに、もしくは、それ以上に都会的なシンガポールで育つ。
そして、親の希望により、数年前からボルネオ島に住むようになり、今はこの街でオーストラリア系の大学に通っている。
簡単にまとめると、人種は中華系、国籍はインドネシア、母国語は英語、そして今は、多民族国家マレーシアのボルネオ島に住んでいる。
地球人と自分のことを呼ぶのも納得がいく。

そんな彼と、出会ったのは、こちらに住んでいる日本人の友人からの紹介。この友人とは、東京で5年前くらいに共通の友人を通して知り合った。
日本人なのに、なぜか名前はトム、そして、生まれたのがイランという、ユニークな生い立ちを持っていて、とても、オープンな性格をしている。そんなこんなで、すっかり仲良くなり今に至る。そんな彼が、ボクと彼を引き合わせてくれた。

ということで、今日は、朝の8時から彼と遊ぶことになった。既に、二週間ほど前に一度会っていて、お互いのことを、簡単に話し合った。主に環境のことを中心に考えていることに多くの共通点があることが驚きであり、嬉しかった。
そして、今日は、もっと深くお互いの考えていることを語りあった。
環境問題、哲学、音楽、文化、友人、家族、、、全てに関して、根底にある考えが同じなのに驚く。
そして、多くの人が考えることで満足してしまいがちなことを、彼も行動をしていることがとても、嬉しかった。

そんな彼のいくつもの計画と、既に行動したプロジェクトの中に、とてもユニークなものがあった。

彼の通う大学がつい少し前に新しい校舎を建設し、それにともなって、敷地内はいくつかの木が切られることになり、整地されてしまった。
そして、整地された場所のいくつかは、特に何かに利用されるわけでもなく、緑のないただの更地になっていた。
そこで、彼は、友人たちと一緒に、そこに木を植える計画を大学側にを提案する。
しかし、なぜか、計画は受け入れられなかった。
そこで、ヘンリーたちは、ゲリラ的に数十本の苗木を植林することにした。

ゲリラ・植林!
ちょっと、危なっかしいが、間違いなくいいことしてる!

ここでも、同じように何かを想い、行動をしている人に会えたことが嬉しかった。

これから植林に向かうことを伝え、別れるときになると、彼が、小さなプレゼントをくれた。
それは、ボルネオ島特産で、世界最強の木材と呼ばれる非常に堅い材質のアイアンウッド(鉄の木)と呼ばれる木の種。

彼がこの木の種に込めてくれたメッセージが、植林に向かう自分に大きな力をくれた。

小さな種は、やがて鉄のように堅い木に、、、、、、

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posted by taku at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 失われた楽園ボルネオの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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