2008年09月08日

9月6日 環境破壊は、今、この瞬間も進み続ける、、、

ボルネオに来て、馬鹿馬鹿しいほど当然のことに気がつき、絶望した。

インターネットや本を通して、ボルネオの森林伐採のことや、それに関連した動物の絶滅の問題などについていくつか調べていたんだけど、その記事が書かれたりデータや統計が取られた時点は当然過去、つまり数年前や10年近く前のことが多いんだけど。
その時点ですでに、かなり危機的な状況にあり、近いうちに手遅れになる、もしくは既に手遅れかもしれないという警告を多くの科学者や国際的機関がしていた。

それなのに、あれから数年たった未来のボルネオにいるはずの自分が目にしたものは、まったく変わっていない状況。

そろそろ、本気で状況を変化させなければいけない。
それでなければ、自分たちの未来を蝕む環境問題は今も、そしてこれからも続く。
そして、その末には、遅かれ早かれ、それなりのことが起こる。

ただ、シンプルに変化すればいいだけ、
二酸化炭素を排出して温暖化の原因になる石油や石炭をやめ、風力を使えばいいとか、森林を破壊しなくてすむような開発の仕方をするとか、その方法はさまざま。

ただ、変化する勇気をもち、実行する行動力を持つだけ。

変化の後も、きっと、それなりに人は幸せに生きられるはずだから、
ただ、きっと、今のままだと、近い将来生きることが困難になる時代が来るとおもう。
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2008年08月19日

明るい未来。

環境問題の話になると、どうもいまいち話が暗くなってしまう。
温暖化、動物の絶滅、科学物質の汚染、、、、、、

どうしても、明るい話にはならない。

書いている自分としても、書き終わた後、重くなることが多い。

そんな中、とても良いウエブサイトを見つけたというか、偶然再発見した。
Wired vision http://wiredvision.jp/ という世界中のニュースを配信しているサイトなんだけど、

普通の視点と少し違うというか、新聞のように固い話題ではなく、どちらかというと雑誌でとりあげられそうな話題が多く、書き方もどこか明るい。多分、雑誌の基本的なコンセプトとして、これからの未来を提示していくって感じのことがあるんだとおもう。元々サブカルチャー系の雑誌の編集長が作っているとか。
だから、事実を伝えようとして、どちらかというと暗い話題ばかりの新聞に比べて、前向きな話題が多い。

ざっと、ここ3ヶ月の環境系の記事を読んでみる。
石油に代わる代替エネルギー水素電池や太陽電池の進歩、そして、それ以外でも、新しい代替エネルギーの発見や開発、それに、環境社会への新しいアイデアの数々と世界各地からの成功例、更には、カナダの高校生が、3ヶ月でプラスチックを分解できるバクテリアを発見したなんて記事まで。

問題があれば、それを解決しようとする人間の本能、そして問題を解決する知性と行動力に驚かされる。

このウエブサイトのように、より良い未来を頭に描いていくことの大切さを実感、そのほうが自分としても、気持ちがよく生きられる。

曇りの日に、明日の雨を想い、気分を落とするより、明日の晴れを想うほうが気分がいい。例え、明後日にならないと晴れないとしても、そしたら、明後日晴れを想えばいい。

ということで、これからは、このブログも出来る限り、そんな感じで書いていこうとおもう。
もちろん、今、旅に出ているのは、ただ、環境問題の悲惨な状況を見に行くのではなくて、これからより良い未来を創造できる手がかりや実例を見に行くためのもの。

問題があり、問題を一つ解決するということは、その後に、より良い未来が待っているということ。

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石油の枯渇と環境問題

最近、気になったので、インターネットにアクセスできる今のうちに、少し調べてみようとおもい、いろいろとこの手の記事を調べてみた。

驚くことに、報道機関から個人まで、意見がかなりばらばらだ。

需要が供給を上回り今後はどんどん供給が減っていく、そのピークは、後数年、もしくは既にピークをすぎているという意見、枯渇まで30年、もしくは、90年という意見までさまざまな数字と意見が並ぶ。

ただし、90年という楽観的な意見でも、使い続ければ必ず枯渇はするという意見に変わりはなく。
そして、石油と石油に次ぐエネルギー資源の天然ガスが、中東諸国とロシアに埋蔵が集中していることによる不安がある。
中東諸国とロシア以外の国は、常時、資源とエネルギーを他国に依存することになり。不利な立場が政治的に利用されることになる。現在でも、各国が、石油資源の確保のために、使ってるお金は半端ない額になる。アメリカのイラク戦争のように、時には、そのための戦争、もしくは進行も起きている。

つまり、脱石油化をはかることの方がかなり経済的であり、政治的なリスクもすくなくなるように思える。

そして、同時に、石油の使用が減ることで、温暖化問題の解決にも繋がる。

ここ最近の石油価格の上昇が温暖化問題にとっては良い方向に向かっているようにおもう。

個人でも社会でも必ず逆境にぶつかることはある、そのときに、逆境を旨く利用し流れを好転させることも出来る。

posted by taku at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境の未来へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

石油価格上昇と環境問題の関係

先日久しぶりにインターネットで日本のニュースを見てこんな記事を見つけた。

「景気後退で消費の現場で異変」。

ここ最近の石油価格の値上げであらゆる商品の値段があがった。
そして、苦しむ消費者の、消費の流れが変わったという。

例えば、ペットボトルのお茶の売れ行きが悪くなり、変わりに詰め替えの手間は増えるが経済的なティーバックのお茶の売り上げが伸びたという。
100円ショップのキャベツは割り高にも関わらず残したらもったいないという意識が働いて、一個よりも4分の1カットなどが売れるようになったという。

環境問題のことを考えたり、勉強していると、必ず現在の消費の仕方という問題にぶつかる。
無駄な消費、つまり浪費が生み出す環境負荷は、とてつもなく大きい。
例えば、一度しか着ない服、食べ残し、誰もいない部屋のつけっ放しの電気、、、、、、
これをなくすだけで、相当環境への負荷が減り、同時に、個人の無駄な消費も減る。

今回はこの逆のパターン、消費者が無駄な消費を減らすことが、環境負荷を減らすことになっている。

日本で、環境問題という名目では、これほどまでに消費の流れが変わったというニュースは聞いたことがなかったけど。
石油価格の値上げによる物価の上昇で人々の消費の流れが、環境にとっても良い方向に向かっているようだ。

理由が環境への関心からではないのは残念だけど、
人々の生活が脱浪費型になっていることはとても注目に値することだとおもった。

そして、この変化の中で苦しむ商品そして会社も多く、経済にとっては決して喜ばしい話ではない。

しかし、同時に、プリウスのように石油に余り頼らなくてすむ経済的な商品は、売れ行きを伸ばしている。

このまま石油の値段が上がれば、当然石油に頼る時代は終わらざるおえない。しかし、そうなったとしても、生活は続き、そのためのビジネスは続く。

これから、確実に脱石油という大きな変化の時代が日本には訪れると思う。
しかし、もう一方で、見えづらいけど人類にとって悲劇的な結果を引き起こすかもしれない環境問題という大きな課題があることも忘れられない。

石油の価格も問題だが、温暖化や環境問題はそれ以上に大きな問題だから。

それでも、理由はなんであれ、今回のニュースは、人間がまだ変化することのできる証であり、希望だとおもった。
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自然を感じること

先日、友人と環境問題の話をした。

同じように海外を沢山回りいろいろなものを見てきた人たちで、ボクなどよりも、世界で多くのことを見てきて、多くのことを知っている。

それなのに、環境問題のことになると、温暖化など起きていないと言い。
環境のことを真剣に語り考えるボクのことを、世の中の本当の部分、つまり裏を知らない未熟で純粋な奴で、そんなまじめ腐ってどうするのという少しさげずんだような目でみる。

彼らが言うには、今の先進諸国が推し進める一連の温暖化は、すでに、富を得ている先進諸国、もしくは今のシステムの中で大金を稼いでいる連中が、後進国の発展を妨げるためのものだという。
確かにそれもあるかもしれない。

仮に、そうだとしよう。それでも、温暖化は確かに進んでいる。
10年前までは、反対派もいたが、今は、世界中の科学者、政治家、企業が公で認めている。

そして、なによりも自分と同じように多くの国を回って、失われる緑、汚れる河、異常気象の数々を見て、地球の異常に気づかなかったのか不思議だった。

彼らは、人間の行いなど、この地球の大きさに較べれば微々たるもので、地球環境に影響などないという。

本気でそうおもっているのだろうか?

多くの国を訪れて、沢山の知識を持っているそんな人が、今は明白なこととされる人間活動が引き起こしている自然破壊や温暖化に気づかないものなんだろうか?

結局、彼らと2時間以上、環境のことで話しをした。

その後も、ボクの頭からはそのことが離れなかった。
なぜなら、環境問題は自分だけの問題ではなく地球全体、人類全体の課題である以上、他の人がどのように考えているのかも、凄く重要なことだから。

そして、何日かして、自分なりの答えがでた。

それが普通なのかもしれない。彼らは別に冷酷な人たちでもないし、他人に配慮があるし暖かく接する人たち。
そんな人たちでも、自然環境の破壊や温暖化は感じることが難しいのかもしれない。

それぐらいに、現代人の僕らの感覚は、自然の変化や美しさを感じることができなくなっていて、そうなると、当然環境問題など、どうでもよいことになる。

人は自分の感覚で感じていないことをなかなか信じることが出来ない。
そうなると、現代の環境問題はとても根の深い問題になる。
まずは、もっと自然に近づき、深く感じ、自然を理解することが大切なのかもしれないとおもった。

人間は自然の一部であり、どんなに、都会的な生活をしていても、地球という大きな自然環境がなければ生きていけない。



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2008年07月25日

7月17日 石油資源に頼らない低炭素社会へ

植林ボランティアでお世話になっている宿舎で、最近の日本の新聞がおいってあったので、読ませてもらうことに。
つい最近こちらに植林ボランティアに来た人がおいっていったそうなので、6月22日と7月6日の新聞が何社かある。多分来るときの飛行機でもらって来たものだろう。

新聞をさっと見て、とにかく、驚いたのは、その環境問題に関する記事の多さ、そして、各企業の1面を割いた大きな広告にも、環境のことが載っている。

つい最近、環境に関することで、北海道でサミットが開かれていたのは、小耳に挟んでいたけど、そのせいでだろうか?
それにしても、突然の多さに少し驚いた。
一通り記事を読み進めていくうちにその理由が少しづつわかってきた。

数ヶ月という短い時間で、多くの人の地球環境に対する根本的な考えが劇的に変わるわけがない。

理由は原油価格の上昇、そして食料価格の上昇による日本経済の窮状。
石油と食料という現代生活を大きく支えるこの二つを海外に大きく依存する日本。重要な基礎を海外頼みのまま、当然、経済状況が良くなるわけがない。

ということで、ついに、本格的に日本経済の根本的な見直しをしなければいけない時が来た。

石油に頼らない低炭素・環境配慮型の社会・経済へ。


経済に詳しくないので細かいことの説明は出来ないが、概ねこんなことが書いてある。

人類の生活が地球という自然環境の上に成り立限り、早かれ遅かれ、環境の社会へと大きな転換の時期が来ることは必然のこととしてわかっていたけど、地球への愛や尊さからではなく、どうすることも出来ない状況に追いやられての転換というところに、決して悲観的な意見ではなく、人という種の本質が見える。

しかし、もう一方、人という種が持つもうひとつの本質、生存本能もここにはっきりと見える。

この100年の飛躍的な進歩・発展を支えた石油資源への依存を乗り越えて、生き続けようとすること。

理由が地球への愛でなく、自分自身の生存のためだとしても、自然環境という人類にとって大きなテーマに対して、少し希望が見えて来た。

今日は、先月植えたばかりの木々に水やりをした。

砂漠に緑を蘇らせた人たちもいる。

まだ、まだ世界に希望はある、、、

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2008年07月15日

カーボンフットプリント

つい、一年くらい前に初めて聞いた言葉でカーボンフットプリントという言葉がある。

カーボンは炭素のことで、フットプリントは足跡のことだから、炭素の足跡。
どれだけの二酸化炭素を排出したのかってことを意味する言葉。

二酸化炭素の大量な排出によって温暖化が進む今の地球において、それぞれの行為がどれだけの二酸化炭素を排出しているのか?を知ることは、企業だけではなく、個人のレベルでも非常に大切なことになってきている。

最近、イギリスの大手スーパーマーケットが、今後、カーボンフットプリントを全商品に記載することを決めたというニュースを聞いた。
つまり、同じパンでも、国内の小麦と海外からの小麦ではカーボンフットプリントに違いがある。

国内のほうが、輸送にかかる石油の量は少ない、よってその分カーボンフットプリントは低くなる。
製造過程から、店頭に並ぶまでのあらゆる工程での二酸化炭素の排出量を測ることで、消費者が二酸化炭素の排出量の低いものを選択できるようにすること。

新しい考え方なので、少し抵抗を感じなくもないが、良く考えれば当然のことのようにおもう。その商品を製造するために、起きた現象を記載すること。なぜなら、それが、多かれ少なかれ自分たちの環境に関わることだから。
posted by taku at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境の未来へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月10日 エコな旅!

7月10日
今日は、日中、何もしないでゆったりとした。
久しぶりのバックパッカー宿の雰囲気を楽しむ。
韓国人、アメリカ人、イギリス人、フィンランド人、この宿に泊まっている人たちだけでも、凄い人たちの数、そして北京全体でも相当な人がオリンピックの賑わいに誘われ集まってきているようだ。

そして、北京だけではなく、世界中、南極からエベレストまであらゆる場所を、多くの人が思い思いに旅をしている。

その数の多さに少し恐ろしさを覚える。

例えば、多くの世界遺産が余りの観光客の多さに、破壊されていることなどその良い例だ。

多くの消費行動と同じように、その行為がどれだけのダメージを与えているか考えずに旅をすること。
例えば、飛行機での移動。
飛行機を飛ばすのに使われる大量の石油。その排出した二酸化炭素が与える温暖化への影響。

出来るだけ負荷が少ない方法で旅をすること。
今回の旅は、そんな環境に対する負荷を考えながら旅しようとおもっている。
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posted by taku at 13:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 環境の未来へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

地球に生きる

どこで、誰と、何をしていても、

地球に生きている。

普段忘れがちなことだけど、

東京や、日本という限られた場所ではなく、
地球という大きな球体の中に守られ、真っ暗闇の宇宙空間を彷徨う。

その事実が教えてくれることは、たくさんある。

国と国を分けることの無意味さ、

地球、そしてその中に生きる生命の美しさ、尊さ、、、

もう一度、

地球に生きていることを深く考える。
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posted by taku at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境の未来へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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