2010年03月23日

狂気の中の希望

ヤフーニュースで神戸児童連続殺傷事件に関するこんな記事が載っていた、


「文面は謝罪の言葉で始まり、男性が人の優しさなどに触れながら暮らしていることが垣間見られたという。

 京子さん(被害者の母)は「加害者が他者の存在によって自分を見つめられている」と感想を述べた。

毎年、手紙が届いたことを公表してきたが、男性が本心を書けなくなる可能性もあるとし、今後は公表を控える意向も示した。」

本来の人間の強さに驚かされた。

加害者少年も被害者の母親も人生に起こりえるもっとも悲劇的なことから生じる、
社会からの冷たい目や、自分自身への怒り、他人への怒り、後悔、悲しみ、残虐な記憶といったあらゆる苦悩と困難に対して、
周りの人々や、社会からのサポートによってのり越え、今も生き続けている。

正直、今の日本という社会の中で、この事件をここまで良い状況に好転させられるとは思ってなかった。
どんな状況の中でも人間らしさの良い部分は存在し、
希望がある。


「他者の存在によって自分を見つめている」


その希望は人と人との間に存在する、
きっと、他人の優しさや助けがなければ、
加害者少年も被害者母親も狂気の中で命をたつか、今もどうしようもない怒りの中で日々を過ごすことしかできなかったんじゃないだろうか?
posted by taku at 18:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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