2008年08月19日

自然を感じること

先日、友人と環境問題の話をした。

同じように海外を沢山回りいろいろなものを見てきた人たちで、ボクなどよりも、世界で多くのことを見てきて、多くのことを知っている。

それなのに、環境問題のことになると、温暖化など起きていないと言い。
環境のことを真剣に語り考えるボクのことを、世の中の本当の部分、つまり裏を知らない未熟で純粋な奴で、そんなまじめ腐ってどうするのという少しさげずんだような目でみる。

彼らが言うには、今の先進諸国が推し進める一連の温暖化は、すでに、富を得ている先進諸国、もしくは今のシステムの中で大金を稼いでいる連中が、後進国の発展を妨げるためのものだという。
確かにそれもあるかもしれない。

仮に、そうだとしよう。それでも、温暖化は確かに進んでいる。
10年前までは、反対派もいたが、今は、世界中の科学者、政治家、企業が公で認めている。

そして、なによりも自分と同じように多くの国を回って、失われる緑、汚れる河、異常気象の数々を見て、地球の異常に気づかなかったのか不思議だった。

彼らは、人間の行いなど、この地球の大きさに較べれば微々たるもので、地球環境に影響などないという。

本気でそうおもっているのだろうか?

多くの国を訪れて、沢山の知識を持っているそんな人が、今は明白なこととされる人間活動が引き起こしている自然破壊や温暖化に気づかないものなんだろうか?

結局、彼らと2時間以上、環境のことで話しをした。

その後も、ボクの頭からはそのことが離れなかった。
なぜなら、環境問題は自分だけの問題ではなく地球全体、人類全体の課題である以上、他の人がどのように考えているのかも、凄く重要なことだから。

そして、何日かして、自分なりの答えがでた。

それが普通なのかもしれない。彼らは別に冷酷な人たちでもないし、他人に配慮があるし暖かく接する人たち。
そんな人たちでも、自然環境の破壊や温暖化は感じることが難しいのかもしれない。

それぐらいに、現代人の僕らの感覚は、自然の変化や美しさを感じることができなくなっていて、そうなると、当然環境問題など、どうでもよいことになる。

人は自分の感覚で感じていないことをなかなか信じることが出来ない。
そうなると、現代の環境問題はとても根の深い問題になる。
まずは、もっと自然に近づき、深く感じ、自然を理解することが大切なのかもしれないとおもった。

人間は自然の一部であり、どんなに、都会的な生活をしていても、地球という大きな自然環境がなければ生きていけない。



posted by taku at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境の未来へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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