2009年12月31日

Thank you in 2009, See you in 2010!

後、少しで2009年が終わる。
今年は、みんなにとってどんな一年だったでしょう?
8ヶ月間のアジアの旅を終え、2008年12月31日の夕方に成田空港に到着、
あれから一年。
日本で、沢山の人々と出会い、沢山の物事に接した。

納得出来ない自分自身の状態や、社会や世界の状況も沢山あった、
それでも、なぜか、自分やみんな、世界に対して希望を強じ感る。


「来年は良い年でありますように、幸せで、健康に過ごせますように」
そう祈る自分自身やみんなの姿が、未来に希望を感じさせてくれる。

来年が、ボクにとって、みんなにとって、全ての存在にとって良い年でありますように!
posted by taku at 17:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

「所有」から「関係性」へ!

「所有」から「関係性」へ!

資本主義的な考えに慣れてしまった自分たちは、
ついついお金や契約によって家も、土地も、恋人も、夫や妻や子供も、服も、、、
全ての物事を自分の物、つまり所有しようとしてしまう。

同じ地球上にも、アマゾンやアフリカの部族のように資本主義的なお金や所有という考えを持っていない人たちがいる、
そう言う意味では、資本主義とか、金とか、所有っていうのは、僕らが勝手に作り出した考えってことで、
別に、人間の遺伝子に組み込まれたものじゃない。

それなのに、やぱっり、所有という形にならないとなぜか落ち着かないし、
金を払って買ったんだから、自分のもので、何をしても自分の自由だって思ってしまう。

少し前に紹介したサティシュさんの話の中にも、所有から関係性へという話があった。

自然界においては、所有という考えはなく、関係のみがある。
たとえば、花は、ミツバチを所有しているわけじゃなくミツバチが花を所有しているわけでもない、
蜂は蜜を得て、花は花粉を運んでもらう、
それによって、お互いに生きることが出来る。
花が蜂を所有しているわけでも、その逆でもない。
関係性の上に両者の存在がなりたっている。

様々な個性をもった生命たちは、
関係性の中で、それぞれの違いを活かし、生きている。

他から完全に切り離されて個としては生きていけない。


人は食べ物を食べ、生きるエネルギーを得て、細胞を新しく変え生きていく。
そこでも、所有ではなくて、関係性という法則が機能している。

野菜を食べる。
野菜は体に入って、一時的なエネルギーとなったり、一時的な細胞に変化する。
エネルギーは熱となって、体から放出され、熱というエネルギーは形を変えるだけで、消えることはない。
そして、排泄物がそれ以外のものを体から排除される。
つまり、野菜は、体を通過していく。
その一時の関係性によって人は一時の生を繋ぐ。

その排泄物は、微生物によって分解されて、分解されたものを又、植物が生きるための栄養にする。

そこでは、どの立場の生命も、自分自身の体ですら所有をすることは出来ない。
体を形成する細胞も、やがては消えるし、人間の場合は、数年で体の細胞はすべて新しいものに入れ替わる。

人が食べ物を排泄物やエネルギーとしないで、永遠に所有しようとしたらどうなるだろう?
微生物は食べるものを失い、植物も食べ物を失う、
サイクルつまり関係は完全になくなってしまい、
誰も生きることができない。

物事は生態系の中で、形を変えて循環している。
循環という機能は、言い返らば様々な生命たちの関係を意味する。

つまり、自分たちを活かしてくれている自然のシステムも、自分たちの体自身も、
所有という考えではなく、関係性という考えによってなりたっている。

「所有」から「関係性へ」、
人と物事との関わり方を見つめ直してみる。
posted by taku at 22:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間らしい外人ハウスの日々!

スイスから日曜の夜、突然の非通知電話が鳴る。

懐かしい声が6年前の記憶を呼び戻す。


中南米縦断の旅を終えたボクは東京の外人ハウスに1年ほど住んでいた。
場所は千駄ヶ谷、原宿と代々木の間という絶好のロケーションにある一軒家。
8部屋のうち、3部屋が一人部屋、残り5部屋は相部屋で、合計13人がひとつの家に住む。
そして住人はボクを入れた数名の日本人を除いて国籍はバラバラ。

今は、知らない人と一緒にひとつの家に住むシェアという住み方もだいぶ知られるようになっているけど、
もともとは、アパートの借りられない外人のためのに出来たシステム。
その後、経済的な理由や、共同生活の楽しさが理由で日本人の若物が住むようになり、いつの間にか日本人が多数を占めるようになってシェアハウスと呼ぶようになっていった。

そんなわけで、今は日本人の利用者が増えたために、昔のような外人ばかりが住んでいる外人ハウスはほとんど存在していない。

スイスからの電話は、そのときに一緒に住んでいたスイス人の女の子タラから、
同じ家に住んでいるうちに彼女に恋をした。
同じ家に住んでいると普通だったら好きにならない人を好きになったり、普通だったら喧嘩するほどまで時間を過ごすことのない人と喧嘩をするまで近い距離になり深く関わる。
そんなことをしているうちに、普通では超えられない境界を越えて不思議と仲良くなる。
結局タラとは、かなわない恋だったけど、
お互いに全力で向かいあったので、
今も、お互い信頼しあっている。

外人ハウスに住んでいるみんなは、
良い職業にも就いていないというかほとんど違法労働者だし貧乏、
家は汚いし、狭いし、寒いし、熱い、当然風呂もキッチンも汚い、
おまけに、相部屋だからプライバシーもないけど、

国籍も、職業も、年齢も、宗教も、見た目も、
ファッションも、考え方も感じ方もバラバラのみんなが、
ご飯をつくって食べて、語り、慰め、遊び、笑って、
愚痴を聞いて、励まし、泣いて、遊んで、
怒って、喧嘩して、やさしくしあう。

日本人だとか、アメリカ人とか、どこどこの社員だとか、金があるとか、そういうステータスとかレッテルを超えて、
生身の人間として自由に関わり、触れ合って、人間らしい様々な感情が全身全霊を駆け巡る。

日本人らしくいることよりも人間らしく、
XXXXスタイルらしくかカッコヨクいることよりも人間らしく、
XX会社の良き社員らしくいることよりも人間らしく生きること!

タラと話してたら、
そんな人間らしい外人ハウスでの日々の思い出が溢れ出してきて、

そうだ!やっぱり、こうやって生きたいんだって!思った。
自由な心で沢山の人と触れ、
いろいろな感情が溢れる、
人間らしい生き方!

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posted by taku at 15:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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