2009年05月15日

世界のサイズ

南米のブラジルで一羽の蝶々が羽を動かす、その小さな動きから小さな風の流れが起き、その次の現象が起き、またその次の現象が起きる。そして、最終的に一羽の蝶々の小さな羽の動きが太平洋に台風をも巻き起こす。

バタフライから台風という、ここまで大げさな話は少し現実感にかけるけど、同じ地球もしくは空間にいる以上、どれだけ離れた距離にいようと、ある一つの現象は、とてつもなく小さなものだとしても必ず何らかの影響をすべてのものに与えるは真実だろう。これを「バタフライ理論」という。

この話を聞いた後、自分の感覚で感じる世界のスケールが大きくなったのを覚えてる。
今までは、ある現象が引き起こす新たな現象、そしてその現象の引き起こすまた新たな現象と、2つ3つ先のことまでしか考えることが出来なかった。
つまり、実際には、無限に近いほど世界(宇宙)は広がっていても、そこまでが自分の頭の中にある世界の大きさになる。

自分の感じている世界のサイズをもう一度知り、そして、少しでも広げてみることがこの世界を正確に理解することの助けになる。
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2009年05月13日

東京ジャングル計画

東京で一番好きな季節はと聞かれたら、東京に住む多くの人が花見の時期と答えるだろう。
いつも無機質で変化のない冷たく固い人工物ばかりの町並みが、
鮮やかな色と柔らかい形に彩られる花見の時期、忙しく生真面目な仕事モード一色の東京の街と人々が、明らかに、浮かれた雰囲気に包まれる。

しかし、桜の花が咲くのはわずか1週間。
散ってしまえば、いつもの忙しく寂しい東京の街と人々に戻ってしまう。

そんな東京のすべてのビルの側面がこんな緑の壁で覆われたとしたら、どうだろう?
http://www.verticalgardenpatrickblanc.com/

ピクチャ 7.png

ピクチャ 5.png

ピクチャ 6.png

ビルの側面に広がる緑が、
ビルの気温を下げ、エアコンの使用を減らし、
騒音を防ぎ、
仕事のストレスで疲れた人々の心を癒し、
緑の色が目を癒し、
作り出される酸素が都会に奇麗な空気を流し、
鳥や虫といった沢山の生命に住む場所を与える、、、、、

バーティカル・ガーデンと呼ばれるビルの側面ガーデニングを作り上げたフランス人のパトリック・ブランクは植物学者として世界中の植物の勉強を、実際にジャングルなどに足を運びしてきた。そんなジャングルでのパトリック氏の幸せそうな表情が植物に対する深い愛情を感じさせる。

熱帯雨林のジャングルを主に、他の植物の上や岩の上など土を必要としない環境で生きる植物たちを集めることで、重量を軽くして、どんな場所にでも設置できるガーデンを可能にした。

そして、必要なのは肥料を含んだ水を定期的にあげるということだけ。
その程度の経費であれば、バーティカル・ガーデンが与えてくれる多くの利益をお金に換算すれば十分にもとはとれるだろう。

そして、街を歩く人の足を止めさせるほどに美しい形でバーティカル・ガーデンを表現しているところは、さすが芸術の国おフランス。
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世界の本当の姿?! 映画:スラムドックミリオネア

今年のアカデミーで9部門を受賞したスラムドックミリオネアという映画を見に行った。

インドを舞台にした映画が受賞ということで話題になっていたことや、4ヶ月前に自分もインドにいたこともあって、久しぶりに映画館に足を運んでみた。
それなりに楽しめる内容だったけど、どうもしっくりしない部分があった。

スラムの少年を主人公で、貧富の差や宗教の違いなどインド社会の問題を作品の中に上手に盛り込んで面白い作品にしている点ではすばらしいとおもったけど、インドという国の深さ、インド人独特の感じというのは上手く描けていなかったようにおもう。

結局は、外国(イギリス人)の監督が自分の生まれ育った国で養った感覚や感性を、違う国(インド)に置き換えて表現しているだけのように感じた。

違う国の食事や服などの見えやすいものを把握するのは簡単でも、違う国の人々がどのような価値観でどのような社会の中に生きているのかを正確に捉えることは難しい。
それに、映画というエンターテイメント性の高いもので事実を忠実に再現しながらも、観客を満足させることは難しい。

テレビや映画といったビジネス性が大きい表現の中や企画されたパッケージ旅行で、世界の本当の姿を知ったと勘違してしまうことの危なさ。
そして、世界では、僕たちのいる社会が一番正しいわけでも進歩しているわけでもない。
そこには、僕たちと同じくらい複雑で深い世界が広がっている。

それでも、映画の前半部分の少年時代の様子は、
実際にインドの街で起きているであろう、
僕たちには想像することの出来ない生活や人生が描かれていて、面白い。

こちらがスラムドッグ・ミリオネアの公式ホームページ
http://slumdog.gyao.jp/
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2009年05月07日

生きているという確かな感触。

先日、東京での4ヶ月間の仕事が終了した。
エンターテイメント系の職場で同僚がほぼ全員外国人というのもあって、8ヶ月間の旅の後にしては、すんなりと仕事になじめた。
そして、これから2ヶ月間名古屋、3ヶ月間大阪に出張ということで、旅な生活が続く。

3年間に及ぶバリでの仕事、8ヶ月間の旅と、ここ4年は、4ヶ月以上一つの場所にいない生活が続いている。

そんな生活の中で、強く感じることがある。

どこかに行くことを「旅」と言い、
それ以外の仕事や日々の生活のことを「日常」と呼ぶ。
しかし、自分のような生き方をしていると、いつか、日常が旅になり、旅が日常になっていく。
そんな感覚の中、ここ4ヶ月間の東京での生活を今振り返ってみると、
「自分はいったいどこにいて何をしていたんだろう?」という、軽い虚無感と喪失感が自分の心の奥底にひっそりとあることに気がついた。しかも、よく考えてみると、その感覚は、数ヶ月前から自分の中にあった。

忙しく、情報に溢れた場所での生活は、外から、情報を収集することばかりに忙しく、自分の意識はその情報の中に埋もれていってしまう。

今、XXXXXXXにいる。
今、XXX会社で働いている。
今日は、ここのレストランで何を食べた。
今日は、このブランドの服を着ている、、、、、、、

自分を表す情報がなければ、自分のいる場所を、自分のしていることを、自分が今確かに存在していることを認識することができなくなってしまっていないか?

そんな都会とは逆に旅の中では、
自分がなんと言う場所にいるのかも、何をしているのかも、何を食べているのかもわからない状況に置かれ、
自分の感覚だけを頼りに、今そこに生きているということがはっきりとしてくる。
そして、その感覚が自分の心の奥底に、生きるていることの確かな感覚を与えてくれる。


旅をしているように、
自分を取りまく情報や状況にとらわれることなく、
今、自分が確かに存在しているということ生きていることを感じながら日常をおくりたい。
posted by taku at 20:25| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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